ANSWER TIME

俺は今、実は凄く悩んでいる事がある。
その答えを出せるのは、自分しかいないことは分かっているし、答えを待っている奴がいるのも、充分分かっている。でも──



9組の教室を覗くと、このクラスにいる野球部のメンバーと浜田さんが、くっつけた机を囲んで昼飯を食ってたのが目に入った。
目立つグループだから、どこにいても否応無しに分かる。
俺は机の上に上半身を寝そべらせている奴には目もくれず、俺達のエース、三橋に声を掛けようとして口を開きかけたところで、もう一人のメンバー、泉に見つかって後退さった。案の定、泉は三橋では無く、机の上の人物、田島に声を掛けた。

「どうしたんだ、花井」
泉に声を掛けられ、突っ伏していた机から勢い良く立ち上がると、田島はいつもの笑顔で俺の前に立った。
それを見て、俺は小さく諦めの溜息を吐いた。
「別に何でもねぇよ。現国の教科書貸してもらいに来ただけ。お前持ってるだろ?」
「おう、あるぜ。でも次の次の授業、俺達も現国だから、頼むな」
白い歯を見せて笑った田島は、予鈴の鳴り始めた教室の中を、自分の机に向かって飛ぶように戻って行った。



「……お前……自分が借りた教科書くらい、自分で返しに行けよ」
午後一の授業が終わった後、泉に用があった水谷に、ついでに田島の教科書を返してきてもらうように頼んだのを聞いて、阿部が眉間に皺を刻んで詰め寄って来た。
阿部が言いたい事も分かるけど、この所の寝不足で頭の回らなかった俺は、生返事を返すので精一杯だった。
そんな俺を見て、阿部は呆れたような顔をしたが、俺の前の席の奴が席を離れているのを良い事に、そこにどっかりと腰を落ち着けてしまった。

「お前、まだ田島に返事してねぇのか?」
ズバリと悩みの種を突かれて、俺は体を強張らせた。

「おまぁなぁ……痛いとこいきなり突いてくんなよ」
睨み付けるように阿部の顔を見ると、俺より凄みのある鋭い目が睨み返してきた。
「ばぁか。ピッチャーの世話はキャッチャーの仕事なんだよ。ってか、俺は三橋で手一杯なんだ。余計な手間かけさせんじゃねぇよ」
阿部のこめかみに見えた青筋は幻覚じゃ無いだろう。かなり不機嫌な正捕手は、そう吐き捨てた。
言い負かされた俺は、もう何度目か分からない溜息を吐いて、頭を抱えた。

突然の告白から一月近く。秋大もあったりして、部活は忙しいままだ。それに、俺は主将としての仕事もあって、考え事をしている時間は……いや、むしろそれを言い訳にして、考えまいとしているのに、四六時中その事で頭が一杯だった。

俺の事を好きだと、告白してきた相手。
それが女だったら、多分ここまで悩む事無く返事をしていただろう。
でも、相手が男。それも、俺よりも小さいのに、誰よりも格好良く見えてしまう、同世代の部活仲間となると、もう泥沼だ。

「はぁ……俺の青春、何でこんな事になっちまったんだ?……」
「マジうぜぇ。何にせよ、早いとこ腹括れ」
どう括れと?
俺がそう言うより先に、始業チャイムが鳴り始めて、阿部はそれ以上何も言わずに、自分の席に戻って行った。

「三橋」
阿部が教室を出たところでそう言った瞬間。
「花井ー」
能天気な声がして、小猿のようなそいつが飛び掛ってきた。
「うぉわっ!お前、正面から飛びつくな!」
突然の襲撃に体勢を崩して倒れかけた俺は、咄嗟に扉の枠を掴んで体を支えると、俺達の頼れる四番であり、俺個人の悩みの元凶である田島に向かって声を張り上げた。

「お、ま、え、はーっ!自分の体重がどんだけ増えたか考えろ!」
「えー?そんなに体重は変わってないぜ?身長はちょっと伸びたけどな!」
「ほーぉ、三キロが変わってない……赤ん坊一人分がねぇ」
以前より、確かに高い位置に来る顔が少し悪びれたものになり、俺の首に回っていた腕が開放される。だが、次の瞬間には背後に回られ、当然のように背中にしがみついて来る。

「諦めろよ花井。うちの四番は五番から離れたく無いとよ」
「そ、俺のだからな。ゲンミツに!」
「はいはい、誰も取りゃしねぇよ」
阿部と泉の言葉に俺はまた溜息を吐くと、観念して田島を背負った。

合流した9組連中と一緒に部室に向かうことになって歩きながら、俺は自分の心臓の音が煩くて、阿部との会話もそぞろだった。
身長も伸び、体重も確かに増えているのに、以前とあまり変わったように見えない体型は、こいつの筋肉が増強された証拠だ。触れている太腿は固く、腕もがっちりとした印象を受ける。

あの無念の夏大からこっち、田島が自主トレメニューを増やしているのは知っていた。

キャッチャーとの兼業を始めてから、どうしても少なくなってしまう守備練や、バッティング練習を補完する為に、無理の無い程度ならと監督から許可を貰い、俺と沖も、走り込みをしたり、素振りの回数を増やしたりを、三十分程している。
日頃の練習もあるから、それ以上の練習増は厳しく止められているのに、田島は誰よりも早く帰り着ける事を利用して、練習後恒例のコンビニ行きまで皆と付き合った後、家に帰ると見せかけて学校に戻り、一時間近く自主練をしている。

俺がそれを知ることが出来たのは、コンビニで、欲しがる連中に英語のノートをコピーしてやった時、そのまま置いてきてしまった事を思い出して取りに戻った時だった。
ついでにと、文房具コーナーに座り込んで、ルーズリーフを買うか、ノートを買うか悩んでいた時、田島が現れた。

普通なら、多分俺も気が付かなかったか、俺と同じように何か用事があって来たと思う所だったけど、練習着にスパイクで現れた田島は、ガチャガチャと派手な足音を立てながら、店内の外周をぐるりと回ってレジ前に立つと、顔見知りらしいバイト店員と話し始めた。

「275円になります。悠、お前練習もいい加減にしとけよ?」
「なんで?俺、来年は甲子園行くもんね。その為には鍛えなきゃだろ?ゲンミツに」

俺と田島しか客の居ない店内は静かで、小銭をレジ台に置きながら、田島の明るい声が答えるのを、俺は顔を背けたまま、耳だけフル稼働させて聞いてた。

「バっカ、四番が故障してちゃ駄目だろうが。ストローいる?」
「要らね。ゲンミツに甲子園連れてきたい奴が居るから休んでらんねぇし、俺、怪我するようなドジはしねぇよ」
「アズサちゃんだっけ?いいねぇ、青春真只中。25円のお返しです」
「気安く呼ぶな!んじゃ、またな」
「ありがとうございました〜」

スパイクと、レジ袋の音をさせながら、田島の気配が開き戸の向こうに消えてからも、俺は暫くの間、顔を上げる事が出来なかった。
有線から流れる時報が、十一時を告げたのを聞いて我に返った俺は、慌てて買い物を済ませてコンビニを出たけど、帰りの道すがら、顔の火照りと、突然感じた胸のどす黒い物の正体を掴み損ねて、気持ちが悪くなっていた。

翌日、いつもどおりの練習を終え、少しづつ冷え込み始めた家路を辿りながら一人になったところで、俺はチャリの進行方向を家から学校に向けて翻した。

前日からの気持ちの悪さは、一日経っても治まらなくて、ペダルを踏む度に、重さを増していった。
何だってんだろう。
俺は何が気に入らない?

田島に、俺の知らないとこでアズサと呼ばれていた事か?

一人で格好つけて、隠れて練習してる田島がムカツク?

ゲンミツに甲子園連れてく?

俺達の──俺の知らない奴と、ひどく親しそうに喋っている事が気に入らない?

「〜〜〜っくそぉ!全部だ全部っ!!」

色々な打ち消したい思いにそう叫びながら、俺はペダルをこぎ続け、学校にもう一度辿り着いた頃には、秋も半ばだと言うのに汗まみれになっていた。

十時を少し回った時間に、明かりが無い所で練習しているとは思えなかったから、幾つかある候補の中で、人目につきにくそうな教員用の駐車場の近くに行くと、案の定、車も1,2台しか残っていないそこで、田島は素振りを続けていた。

心許ない街灯の灯りの下、額に汗を浮かべてバットを振りつづける姿を見て、本当は止めるように言おうと思っていたのに、校舎の影に隠れて見ていた俺は、口を開く事が出来なかった。

どこまで行くつもりなんだろう?
もう俺の上を行っているというのに、まだ足りないのか?
ホームランが打ちたいのか?
甲子園行って、プロになって、メジャーにでも挑戦したいのか?
俺を置いて?

そう思い至って、俺は慌てて最後の考えを打ち消した。
別に田島が将来どうなろうと、俺は構わない筈だ。
確かに俺は田島が好きだ。でもそれは……

……どうなんだろう?

疑問符だらけになった頭の中は、もう、考える事を拒否した。
俺は胸の中の苦しい物が、また大きくなったのを自覚して、その場から逃げるように立ち去った。



俺の物思いを掻き消したのは、阿部の険しい声だった。
「どうした三橋!気分が悪いのか?胸が痛いのか!?」
その声に驚いて、声を掛けられた相手──俺達のエースを振り返ると、胸元を掻き毟った三橋が、驚いたような顔で、顔を赤くしていた。
「あれー?皆揃って何やってんの?」
7,9組以外のメンバーが揃って集まって来て、沖が投げかけてきた問いかけに、何があったのか分からなかった俺は首を傾げて応えた。

「何、でも無いよ!俺は元気だし、今日も投げられるよ」

集まって来た連中や、俺達の事を無視した阿部は、三橋がそう言ったにも関わらず、何度も念押しするように確認するのを見て、「尽くしんてんなぁ……」と半ば呆れながら、二人のやり取りに目を向けていると、俺は信じられないものを見てしまった。

三橋が体調を崩していない事に安心したらしい阿部が、それはそれは穏やかな笑顔を浮かべた。

正面に立っている三橋も、もちろん見たんだろう。
俺以上に驚いた顔で、まじまじと阿部の顔を見つめていた。

だけど、阿部はすぐにいつもの不機嫌そうな顔になると、俺に向き直り、今日の三橋の練習メニューを変更しろと詰め寄ってきた。
俺じゃなくて監督に相談しろよな。



「そんじゃ、今度の日曜日、また三橋ん家で十一時集合な」
俺の声に野球部メンバーが夫々返事を返してきた。
明日から試験週間に入るため、メンバー不足による試合欠場を回避するべく、これも恒例になりつつある三橋家での勉強会の予定を決めた。
平日は学校の図書館や、メンバーのいるクラスの教室とか色々場所はあるけど、休みの日に何をするか分かったもんじゃないメンバーのお陰で、俺達は休みの日にまで顔を合わせる羽目になる。

しゃがみこんで荷物を片付けながら、また無意識に溜息を吐いていると、背後から近付いて来ていた誰かに、後頭部を拳骨で一撃されて声を上げた俺は、振り返って見た顔に、声を引きつらせた。
「あ、阿部?」
「コンビニ行くだろ?ってか、用事が無くても付き合え。話がある」
普段の様子と少し違う阿部に、俺は怯みながらも小さく頷いた。



全員が着替えを終え、あまり遅くなると心配だと先に帰らせている篠岡の代わりに部室の鍵を閉め、俺達が学校を後にしたのは九時近くだった。
この頃は日が落ちるのも早いけど、気温も低いからと、監督も少し早目に練習を切り上げさせてくれている。俺達は自転車を押しながら、住宅街の中を歩いていた。

「今日は何か新作のお菓子、あるかな?」
「そうだなぁ、そろそろチョコは出始めんじゃないの?」
「お、俺、チョコ好き、だ」
「三橋……気を付けろ?カロリー高いのに、馬鹿みたいに買い与えてくれる奴が現れるぞ?」
「そうそう、黒いマスクを付けた奴がな」

田島の言葉に水谷が応じ、三橋の相槌に栄口と巣山までもが共に忍び笑いをしながら答えて、俺の隣に立っていた阿部は苛々とした気配を漂わせる。
「黒い、マスク?」
「ああ、それも三橋限定で」
泉が怪談でも聞かせるような口調で言うと、三橋はびくりと肩を竦め、沖と西広も声を出さずに忍び笑いを浮かべる。

「一体誰の事だ?あぁ?!」
「分かってるくせにぃ」
水谷がわざと地雷を踏む一言を発して、隣の阿部は雷を降らせて水谷に詰め寄ろうとしたが、悪戯を仕掛けた子供のように、全員が「逃げろー」と笑いながら、おろおろする三橋も連れて先行する。

「くそ、どいつもこいつも!」
コンビニ目掛けてどんどんと距離を開けていく集団に向かって吐き捨てながら、阿部は凄んだ顔のまま、俺を振り返った。
「花井」
「な、何だよ」
思わず身構えると、阿部は一つ息を吐いて口を開いた。
「俺は三橋が好きだ」

「……はぁっ?」
俺は凄い間抜けな声を出して、自分でも驚いたけど、阿部は傷ついた様子も見せずに続けた。
「だから、俺は田島がお前に言ったのと同じ意味で、三橋の事が好きだっつったの」
思わず足を止めて、副主将の顔をまじまじと見つめると、阿部も正面を向き直って足を止めた。

多分、阿部の視線の先には、三橋の姿があるんだろうなとか一瞬考えた後、そうじゃないだろと、俺は頭を振った。

「ま、待て待て阿部!おまっ……いつから……っ?」
俺は血の気が引いて、指先が冷たくなった手を突き出して待ったを掛けた。
「夏大前には自覚してた。でも、大会中にそんな事言って、精神的にぐらつかせる訳には行かなかったし、俺自身もそこまでの根性無かった」
しれっと言ってのけた阿部は、俺の制止なんか聞こえてない感じで、物憂げに首を傾げると大きな溜息を吐いた。

「お前、自覚してねぇみたいだから言っとくけど、田島の告白以前から、すっげぇ顔で田島の事見てたぞ?」
喋りながら携帯を取り出した阿部は、左手で器用に携帯を操作し始めた。そして暫くして顔を上げると、確かめるような顔で俺の方を見た。その途端、俺の携帯がメールの着信を知らせて鳴り始め、顎で指示されて携帯を取り出し、確認すると、阿部からのメールが着信していた。

内容もタイトルも無いメールは、添付ファイルを送りつけるだけの物で、俺は画像が表示されるのを待った。そして、俺は一気に上昇した体温で、頭から湯気が噴き出すんじゃないかと思いながら、口元を手で覆った。
「何っだ、これ……っ」
「夏休み前のお前。因みに視線の先は体育やってる9組」

阿部の冷徹な声に、俺はまじまじと携帯の画面に写っている自分の顔を見て、恥ずかしさで死にそうになった。

そこに写っているのは、俺自身だった。

ひどく幸せそうな横顔で、窓の外に視線を向けている。
確かに俺は一学期、グランド側の窓際に席があって、阿部が二つ後ろに居たのは覚えてる。

「いつの間に、こんなの……」
「隠し撮りについては謝る。でも、そんな顔が出来るくらい、田島に惚れ込んでんのに、何を躊躇ってる訳?」
阿部の声に、胸がズキンと痛み、謂れの無い怒りが込み上げてくる。
「お前には関係ねぇだろ」

自分でも驚くほどの凄みのある声が出て、さっきまで恥ずかしさで赤くなっていた顔が、今度はだんだんと怒りの為に変わっていく。

「キャッチャーの仕事だってか?こんなの、余計なお節介だとしか思えねぇ……三橋を好きだってんなら、三橋だけ見てりゃ良いだろっ!俺が誰を見てようと、お前等には関係ねぇっ!」
昂ぶり続ける気持ちと一緒に目が熱くなり、涙が溢れそうになったのを誤魔化そうと俯いた。

こんなの最低じゃねぇか。
自分の隠しておきたかった気持ちを見透かされて、逆ギレして、八つ当たり。
俺ってこんなに小せぇ奴だったのか?

「……お前、俺が好き好んでこんな事やってると思ってんのかよ」
阿部の低い声がして、俺は体を固くした。
いつも、三橋が阿部の前で固くなってしまうのが分かる気がする。
本当に機嫌の悪い阿部の声は、そこらの奴より三段ほど上を行く怖さだ。

「悪いけど俺、三橋の事しか考えてねぇよ?俺にとって三橋は絶対なんだ。そんで、三橋は野球するのがホントに好きだ。なら、俺は三橋がやりたい野球をやれるようにして、尚且つ勝って気持ちよくしてやりてぇ。そうなると、二人で野球はできねぇから、チームが要る」

「……俺等が要る……って事か?」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるような告白をして見せた阿部の顔を、上目遣いに見上げると、阿部の耳は街灯の弱い光の元でも分かるほど、赤くなっていた。
「田島は俺が出られない時の捕手だ。三橋の球を捕る奴が、気合入ってなきゃ三橋も思いっきり投げらんねぇだろうが」

阿部も自分で気が付いてるんだろう。
声からだんだん気迫が消えていった。

俺は何だか可笑しくなってきて、つい噴き出してしまった。
「悪ぃ、……ちょっと……待て……」
「てめぇ……」
自然と湧き上がってくる笑いを必死に堪えて、ハンドルに頭を乗せ、涙まで浮かべて笑っているのを阿部に見られまいとしていると、阿部はまたこめかみに青筋を浮かべた。

「阿部って格好良いな……」
まだ治まりきらない笑いを、何とか鎮めながら言うと、阿部はいつもの不機嫌そうな顔で、「はぁ?」とか言いながら、心底嫌そうに俺を見た。
それ以上俺は喋る事が出来なくて、呆れた阿部に置いて行かれた。
何とか笑いの発作が治まると、俺は背筋を伸ばし、大きく深呼吸をするとチャリに跨った。

コンビニに向かう道すがらには、もう誰も居なかった。
いつものコンビニに着くと、阿部以外のメンバーは買い物を済ませた後で、店の前で座り込んだりしていて、阿部は500ミリのパックジュースを片手に出てくるところだった。
「何してたんだ、花井。おせぇよ!」
少し不安そうな顔をした田島が、目敏く俺を見つけると駆け寄ってきた。
その頭を監督の真似をして掴むと、手に刺さりそうな田島の髪を混ぜ返した。

「ちょっとピッチングの調子の事で、喋ってたんだよ」
俺の中のぐちゃぐちゃの全ての原因なのに、俺を真直ぐ見てくれるだけで、何もかもがどうでも良くなる。
もう、俺は完全にこいつに参ってしまってるんだ。
阿部と話した事が、自分自身でそれを認めるきっかけになったんだと、後になって思った。

「花井、お前目、赤くね?」

田島の頭から手を離し、チャリを停めようと降りかけた時、不意に田島の顔が険しくなった。

「は?」

何を言われたのか分からなくて聞き返そうと、外した視線をもう一度田島に向けると、瞬きするほどの速さで表情が険しい物に変わり、素早い動きで田島は出てきたところの阿部の胸倉に掴みかかった。

「田島!」
「何々?」

急に怒り出した田島を理解できずに、俺が声を張り上げると、話に夢中になっていた他のメンバーも、何事かと田島と阿部を振り返った。

「何だよ」
「阿部、お前花井を泣かしたのか?」

二人に近い位置に居た俺にだけ聞こえたんだろう。他のメンバーは首を傾げつつも、成り行きを見守ろうと動かずにいて、俺は微かに聞こえた田島の低い声に背筋が震えた。
そして、さっき久しぶりに泣いて(?)しまった事を思い出して、改めて恥ずかしくなった。

「やめろ、田島。何でもねぇよ!」
急いでチャリを立たせ、二人に割って入ろうとした時、胸倉を掴まれていながら冷静な阿部は、ズボンのポケットから携帯を取り出すと、二つ折りのそれを音を立てて開いて見せた。
嫌な予感がして血の気が引く。
「これ、見せてやったら泣くほど恥ずかしかったらしいぜ?」
小さな声でそう言って、阿部は不敵な笑みを浮かべた。
「なに!」
「やめろぉぉっ!!」

画面を見たんだろうか?
大きな目を皿のようにした田島の顔から一気に怒りは消えて、必死に叫んびながら阿部の携帯と田島の間に割り込んだ俺は、何とか阿部の携帯を閉じさせて、肩で息をしながら田島に変わって阿部の胸倉を掴んだ。
「あ〜〜べ〜〜っっ!!」
「俺の方の事、言うなよ?」

何の罪悪感も見せず、阿部が低く言った言葉に、俺は顔を真っ赤にしながら頷いた。
「何だよ阿部!二人だけの隠し事か!」
「えー何かあっやしぃー」

田島が真剣に問い詰めてきた時、水谷がからかうように言って、栄口と巣山が二人がかりで水谷の口を押さえた。

しつこいくらいに阿部に食って掛かる田島を引き剥がし、背後から羽交い絞めにすると、他の連中には解散するように言って、少し大人しくなった田島と一緒に、俺は別れた皆を見送った。

「ちぇっ、何だったんだよ阿部の奴。ってか、花井も阿部にどんなヨワミ握られたんだ?」
拗ねたように口を尖らせた田島を解放すると、俺はがっくりと肩を落とした。
もう疲れた。
同級生の衝撃の告白も、自分の知らない自分の顔も、部活後の体にはかなりの衝撃だった。
「俺の事は良いよ。それよか田島。お前、今日は真直ぐ帰れよ。一時間も自主練するなんて、監督にばれたら、また頭握られるぞ」

俺の言葉に、背中を向けていた田島が小さく「うそ」と呟きながら、俺の顔を振り返った。
「何で花井が知ってんの!?」
何で何でとしつこい田島に、可愛いよなぁとか、痛い事を考えながら笑った。

「俺をなめてんじゃねぇぞ田島。お前一人で試合に勝てる訳じゃねぇんだ。俺達皆で甲子園行って、優勝旗を貰うんだから、無茶やって体痛めたら承知しねぇ」
「えーっ!だって、練習しねぇとお前に四番取られちまうじゃん」
田島の言葉に、俺は言葉を失った。
そして、田島に認められていた事に嬉しくなって、自然に声を上げて笑った。

「何だよー」
「……お前、そんな事思って練習してたのか?」
「おう。だって俺はホームランは打てねぇもん。打率でも花井に負けたら、何にも追いつけるもの無くなっちまう……」
捨てられた子犬みたいな顔で、哀しげに呟いて俯いた田島を見て、俺の心臓がいきなりドンドンと音を立て始めた。

うおっ、ちょっと待ってくれ。

「田島……」
嬉しくて、幸せで、ちょっと興奮してしまった俺は、建物の影に田島を引っ張って行くと、周りに人の気配が無いか確かめると、田島の体を壁との間に挟むようにして、汗の匂いのする耳元に口を寄せた。

「俺は、お前の五番なんだろ?ゲンミツに」

そう囁いて顔を離そうとした時、もう一つ言うべき事を思い出して、勢いに任せて呟いた。

言った後、また顔が熱くて堪らなくなったけど、田島がどんな反応をするのか、その顔を見たくて、体を離した瞬間、俺の首に田島の腕が回され、ぶら下がるような形になった。
「ちょっ!たじっ……」
首が折れるかと思ってやめさせようとしたその時、田島の顔が俺に迫って、思わず目を閉じた刹那、少し乾いた柔らかな感触の物が、俺の口を塞いでいた。



「はーないー!!」
唇が開放された瞬間に叫んだ田島は、その場に胡坐をかいて座り込んでしまった俺に抱きついた。
「もう、超嬉しい!!今なら死んでもいいかも!最高!さっすが俺の花井だ!」
試合に勝った後のようなテンションで、田島は俺の肩に顔を埋めながら声を張り上げた。
「叫ぶな!近所迷惑だろ!」
「花井も声デカイ」

田島の言葉に俺は口籠もった。
そして互いに顔を見合わせて笑うと、もう一度、今度は触れるだけのキスをした。

二人とも笑って抱き合いながら、俺は、胸の中の重たいものが、鳴りを潜めたのを感じた。
多分、また姿を現すんだろうけど、今はそんな事を考えていたくは無かった。
もう少し、二人だけの大事な時間に酔いしれていても良いよな?






ひねりも何も無いタイトルで、クイズ番組?と自嘲した。
花井君はモモ監に期待されている選手である以上、やれば出来ると思うので、田島様の告白に応えて頂きました(笑)
因みにクロエも学生時代にコンビニでバイトしてました。始業前の二時間程ですが、登校してくる同校生や、近くの高校生、工事のおっちゃん達の応対に苦慮しつつ、期限切れ弁当と、タダで読めた跳躍に、寮生のクロエは大変助けられました!(今はもう駄目なんだろうな)