brilliant nest

ふわふわぬくぬく、気持ちの良い眠りと目覚めの狭間を漂っていると、誰かがむき出しの肌に触れた。
「おーい、起きろー」
優しく揺さぶる仕草と相まって、俺はその声に口元をだらしなく緩ませた。
あー今日は絶対に良い日。
だって、栄口の声を夢で聞けたんだもん。悪い日のはずが無い。

「ほら、いい加減起きろって」
いやんまだ嫌。
こんな良い夢、もう二度と見られないかも知れないもん。見られる内に充分堪能したい。
いいなぁ……毎日こんな夢を見ながら起きられたらな……
「もう、水谷!」
「んぎゃ!!」

呆れたような声と一緒に、俺は頬を思いっきり抓られて、うつ伏せになって寝ていた体を思いっきり良く飛び跳ねさせた。
「ちゃんと起きた?」
抓られた右頬を両手で押さえながら声のする方を見ると、俺のベッドの枕元、俺と同じように下着一枚の姿の栄口が、くすくす笑いながら座っていた。

俺は夢みたいな現実を目にした所為か、ほっぺたの痛みなんかすぐに忘れた。
「んもー起きたに決まってるよー栄口ぃせめてちゅーで起こしてくれたら……」
ベッドの足元の方に座り込みながら、幸せすぎて寝起きからネジの飛んだ頭でそう言うと、微笑みを浮かべたまま額に青筋を走らせた栄口が、硬そうな拳骨を握った。

「まだ寝てるみたいだね。もう一回抓っとく?それとも拳骨一発?」
「いえ!ごめんなさい!ちゃんと起きました!」
同じベッドの上、そんなに逃げ場もないんだけど、慌てて栄口の腕から逃れようと後退さった俺を見て、栄口は嬉しそうに笑った。

「もうちょっと寝てられたのかも知れないけど、いい加減腹減ったかなぁって思ってさ……」
そう言われて気付いてみれば、部屋の遮光カーテンかを通り越して差し込んでくる光は昼のそれになってたし、俺のお腹も不満そうに鳴った気がした。
夕べの晩御飯、加減が分かんなくなるくらいテンパってた所為でかなり食べたんだけど、その後運動したからなぁ……
夕べの事を反芻していた俺の目に、俺がついつけちゃった跡を、日の光に曝け出した栄口の肩口が飛び込んで来て、俺は慌てて目線だけをあさっての方向に向けた。

やばいやばい。
いきなりそんな事したら、栄口に何て思われるか分かんない。我慢だ俺。
俺は壁にかけてある時計を確認してベッドから下りた。
「じゃあ一緒にお昼御飯作ろうか。何か食べたいものとかある?何ならデリ頼むけど」
「作った方が安上がりだって。それに、部屋を片付けて洗濯もしないと……」
そう言って俺の部屋を見渡した栄口の顔が、赤くなりつつ青くなった。
一瞬調子でも悪いのかと思ったけど、俺も部屋の中の惨状を目にして理解した。

部屋の中にはお互いの服がぐっちゃぐちゃに散らばってるし、栄口用に敷いていた布団のシーツなんて、旅館でこんな事になってたら仲居さんに意味ありげな視線で見られる事間違い無しの状態で、何だか匂いも篭っているような気がする。
……自分がしでかした事とはいえ、こりゃまずいよねぇ……
俺の家族が、野球漬けの息子を一人残して旅行に出かけた隙を突いてのお泊りに、栄口も了解してくれていたとはいえ、夕べはやり過ぎました。フミキ反省。

俺はまだ部屋の中を見渡して青くなっている栄口の隣に腰を下ろすと、栄口の体を両手で囲い込むようにそっと抱き寄せた。
「おはよ、栄口。体、なんとも無い?」
横抱きに抱き寄せた耳元で囁くと、栄口の白い肌が胸元くらいから一気に赤くなった。
栄口って元が色白だから、すぐに分かる。
「な、んとも無い……」
うわー照れてる照れてる。ってそんな反応されたら、俺も照れちゃうって!
ホントは唇にしたかったちゅーを、俺の方を見ないようにしている栄口の左の頬に落とすと、俺はそのまま栄口の肩に頭を預けた。

「ねー栄口ぃ。おはようは?」
唇にしちゃったら、そのままなだれ込む自信があったからね。その代わりに子供みたいに上目遣いで言うと、栄口は一瞬驚いたような顔をした後、ふわりと笑った。
「おはよう、水谷」
言うなり、今のお返しとばかりに俺の左のほっぺたに栄口がちゅーしてくれた。
俺があんまり驚いていると、栄口はなんだかもっと面白そうに笑って、今度は俺の唇に自分の唇を重ねて来て、もうちょっとで理性のダムが決壊するかと思った。

でも、二人のお腹が情けない音を立てて鳴ったもんだから、お互い顔を見合わせると声を上げて笑った。
何て夢見たいな幸せなんだろう。
それが今現実に起こってる事だなんて、ちょっと信じられないくらい。
でも現実なんだよね。





泣く泣く栄口の体を離すと、二人で一緒に行動したら効率が悪いっていう話しになって、服を着ると俺は部屋の片付け、栄口はお昼御飯の用意っていう事で担当を決めた。
今日は完全休養日で、まだ半日くらいは栄口と一緒に居られる。
風を通す為に開け放った窓から、大声で叫びたいくらい嬉しい。
俺は鼻歌交じりに栄口の布団を運んで干し、洗濯物を全自動の洗濯機に放り込んで回すと、おいしそうな匂いのし始めた台所に向った。

いつもはうちのかーさんが立ってるシステムキッチンに、栄口が立って料理してる。
こんな事、あんまり言っちゃいけないんだろうけど、栄口ってそういう姿すっごい似合うんですけど!
栄口のお母さんがもう亡くなってるって言うのは聞き知ってた。
時々弟の晩御飯の準備が、って言ってさっさと帰ったりする姿を見て聞いたのがきっかけ。
何気ない様子を装ってたけど、あの時の栄口の顔は忘れられない。
まだ癒えていない傷を抉られたって顔。
もう二度とあんな顔させたくないな……

こっちに背中を向けて、何かを煮込んでるらしい栄口に近寄ると、俺はその首裏に顔を寄せた。
「うっわ!」
「何作ってんの?」
俺の唇が触れるか触れないかといったところを掠めた所為か、急に後ろに飛び上がった栄口を支えるように抱きとめると、首の裏に手を当てた栄口が、俺の腕の中で体を半回転させ、勢い込んで俺を振り返った。
「何してんだよ水谷!危ないだろ!?」
顔を真っ赤にして怒っても、俺には可愛くしか見えませんデス!

「だってさ、すっごいおいしそうなんだもん」
そこに二重の意味を込めて言ってみたんだけど、栄口は呆れたように目を細めた。
「たまねぎとベーコンのコンソメスープ。それから卵と葱の醤油風味のチャーハン。勝手に冷蔵庫漁らせてもらったんだけど……好き嫌い言うなよ?」
「言う訳無いって!栄口のお手製の御飯なんだもん!」
もう一度首元に唇を寄せようとすると、今度は容赦ない拳骨が降ってきた。

本当に危ないからと台所を追い出された俺が、丁度洗濯を終えた事を知らせた洗濯機に向っていくと、栄口が呼び止めた。
何かあったのかと思って振り返ると、笑顔の栄口がお玉を片手に俺を見送っていた。
「もうすぐできるから、自分の仕事、ちゃんと終わらせて来いよ?」
そうとだけ言うと、栄口はまた回れ右をしてコンロに向った。

俺は思わずその場で目元を手で隠すと、見えない天を仰いだ。
──あーすみません。
栄口がピンクのエプロンをつけているように見える俺は重症でしょうか?
そんでもって、頭の中の残像の栄口は、ピンクのエプロンを付けて、あの超有名な新婚さんの定番科白を言っている俺は、もう末期でしょうか!?
俺は急いで洗濯物を干し終えると、自分の部屋を完璧に片付けた。
そう、完璧に。

枕の下に忍ばせた物を確認して、小さく良しって言うと、俺はお風呂の準備も整える為に走った。
栄口の事、終わったら出来るだけ早く綺麗にして上げたいもんね。
鳥のオスは、メスを誘い込む為に自分の巣をすんごい綺麗に飾りつけるらしい。
俺の巣はもちろん俺の部屋。
でも今日は家中を自由に使える。
ちょっとした腕の見せ所だよね。

俺は台所から漂ってきた食欲をそそる匂いにも、スイッチが切れない事に自分でちょっと笑った。
人間、食欲と睡眠欲が満たされないと、最後の欲はなりを潜めてるらしいけど、あれ、俺には当てはまらないみたいだ。
どうやって自分の部屋を飾りつけようか考えながらも、本能はもうその事で一杯だった。

ゴメンね栄口。
俺、今日栄口を帰して上げられるか分かんなくなってきた。




(2008.8.13)
目指したのは甘いミズサカ。とキヌギヌノフミのリベンジ。何だか水谷の一人新婚ごっこ……(苦笑)