Festival! 1




文化祭準備期間中のその日、花井は部室で部員全員と応援団のメンバー、総勢16人を目の前に、一家の大黒柱よろしく、胡坐をかいて腕を組みながら、部内で1,2を争う腹黒さの二人──阿部と泉から提案された出し物について、企画書を目の前にして不服を表した。
「確かに面白いだろうし、稼げるだろうけどな……全員本当にこんな事する気なのか?」
「下調べは完璧。学校内外でヤバそうな連中はピックアップ済みだ。それに、一打席だけで勝負すんだ、そうそう打てやしねぇよ。俺等の方には田島がいるしな」
「おう!ちょっとくらいの荒れ球なら打てる!」

自信たっぷりに花井の言葉に頷いて見せた阿部に応えて、西浦の神がかり的野球小僧田島が、その大きな目を輝かせながら笑った。
「それにさ、投げる方だって三橋がいれば、そこらの素人には打て無ぇって!」
「ぅお!オレ、頑張る!」
言いながら、田島が隣に座っていた三橋の肩をがしっと組み、気弱ながらこちらも努力で手に入れた神がかり的コントロールを持つ投手、三橋が、ばね仕掛けの人形のように、その場でぴょこんと跳ねた。
9組の仲良しひよこと影で呼ばれているらしい二人に向って、小さく溜息を吐きながら、花井はもう一人の提案者でる泉を見遣った。

「シガポにも了解は取ってんだぜ?ちゃんと聞いたけど、知らない振りをするから上手くやれって。理解のある顧問だよな」
視線を向けただけで何が言いたいのか理解する、西浦でただ一人のスイッチヒッターの慧眼に恐れ入りつつ、モモカン以外、最後まで抵抗を示しているのが自分だけだと知って、花井は眉間に皺を寄せた。
西浦高校の文化祭。
楽しいイベントの一つであるそれは、文化部だけでなく運動部も何かしらの出し物をする事になっていた。
法に触れない限り特に制限は無いのだが、日々練習に打ち込んでいる運動部に、そうそう時間的余裕があるはずも無く、去年までは簡単なミニゲームなどを中心に出し物が企画されていたらしい。
その出し物で上がった利益は、運動部・文化部の隔て無く、全て部費に還元されるのだが、創部一年目、当初は個人の資産にて用具調達をしていた野球部にとっては、とてもおいしいシステムであった事は、花井も素直に認める所だった。

個人の資産──モモカンの貯金にて調達された用具類は、日々の激しい練習ですぐに消耗する。
もちろん丁寧に使い、メンテナンスも欠かさずに行っているが、初めての夏の敗退から、新人戦や秋大の勝利を目指しての練習で、この所損耗率が高い。
夏大前に結成された父母会からも資金の提供はあるが、そうそう潤沢という訳でも無い。
夏大において、県ベスト16という実績を作ったのはついこの間という事もあって、学校側からの部費も、まだそうアップはしていないし、やり手の上級生部長相手に、花井自身、部長会議では苦戦を強いられていた。
そう。ありていに言えば、貧乏である野球部ナインにとって、大手を振って稼げるこのイベントはとてもありがたいものだったのだ。

「んで?花井の意見は?」
「俺達全員が、身売りする覚悟で同意した企画なんだけど、やっぱり駄目?」
パックジュースを飲み干した水谷が、行儀悪く音を立てて吸い上げたストローを放して首を傾げ、その隣に居た栄口までもが、まるで強請るかのような上目遣いで花井の顔を見上げた。
「俺等応援団も、野球部に貢献すっからさ!」
年かさの応援団長までもが花井に決断する事を迫ってきて、孤立無援の花井はたじろいだ

面白い事は確かに好きだし、既に生徒会に提出してある出し物の内容を変更するわけではない。
「内容見た限りでは、俺も特に問題無いと思うぜ?後は俺達のチームワークが問題なだけだし」
一見冷静沈着に見えて、実は田島と同じ位悪戯好きの巣山が口を開いた。
「強いチームを相手にするんじゃないし、問題ないと思う」
三橋に次ぐ気弱さを持つ沖が言えば、西浦の和み系家庭教師西広も、マネージャーの篠岡も頷いて、花井は言葉に詰まった後、胡坐をかいた左ひざを大きく打った。
「わぁったよ!やりゃあ良いんだろやりゃぁ!やるからにはしっかり稼ぐぞ!」
最後の難関であったキャプテンの言葉に、集まっていた全員が歓声を上げた。





「公立の文化祭も、結構賑やかなんだねぇ」
「これが普通なんだろ?織田とかに聞いたら、三星は派手過ぎだって言ってたから」
幼馴染が通う高校の文化祭を訪れた二人、三橋瑠里と叶修吾は、校門をくぐるなり辺りをきょろきょろと見渡した。
瑠里のいとこでもある幼馴染み、三橋廉の通う学校に入るのは初めてで、知らない雰囲気に少しばかり身構えていたが、数分もしないうちに自分達もその場の空気に馴染んでいる事を感じて、二人は学校全体が浮き足立っているような雰囲気を楽しんだ。

「で?廉はどこで何してんだ?」
「んーとね、今は第二グラウンドで野球部の出し物の最中。模擬試合だって」
「模擬試合?」
引っ込み思案のいとこから、彼にしては珍しい文化祭へのお誘いと共に、送られてきたパンフレットに書かれていた出し物の一覧表を見ながら、瑠里は一つ頷いた。
「やりたい人は参加料を払って、ピッチャーかバッターになるんだって。で、一打席分の勝負をして、勝ったら野球部特製おにぎりプレゼント!だって」

手作り感たっぷりのパンフレットの一部を指差した瑠里の指先を見て、叶は少し吊り上がった目を光らせた。
「それ、すっげぇ面白そうじゃん」
「言うと思ったぁ。レンレンに聞いたら、おにぎり美味しいらしいし、修はやるって言うと思ってたから、お昼はそれを当て込んでたんだよね、実は」
自分の予測が当たった事がそれほど嬉しかったのか、傍らの瑠里が嬉しそうに笑うのを見ながら、叶は見透かされた事に拗ねて顔を上げた。
「ちぇ、まぁいいけどな。そんじゃぁもう行くか?」
「うん!」
笑顔を更に輝かせた瑠里は叶の左腕に飛びつき、叶は一瞬慌てたものの、頬を染めながら歩き続けた。



グラウンドに着くと、道々に貼ってあった勧誘のポスターのお陰なのか、グラウンドのフェンスの周りには人だかりか出来ていて、かなりの盛況である事をひと目で見て取れた。
だが、本来なら幼馴染の姿があるはずの所に、以前試合をしたときにはファーストを務めていた左利きの選手が立っている事に、叶は眉をしかめた。
「廉の奴、何でマウンドに居無ぇんだ?」
良く良く探してみると、目当ての幼馴染は何故かショートの守備についていた。
「え?あぁ、ほら、一応素人相手だからじゃない?」
瑠里の言葉通り、今バッターボックスに立っているのは野球経験の少なそうな構えをしている男で、あっさりと空振りして次の挑戦者に交代した。

その次に現れた長身の男は、少し腕に覚えがあるのか、ボックスに立つ姿も堂に入ったものだった。
すると、キャッチャーの元に控えらしい選手が走り寄り、何かを打ち合わせるとキャッチャーは守備につくナインに向って声を張り上げた。
「5回裏!ピッチャー三橋、ショートは巣山、ファースト沖!」
聞き覚えのある大きな声がグラウンドに響き渡り、名前を呼ばれたらしい三人がくるくるとポジションを変えた。

「何だ?」
「さぁ?」
訳が分からずに見守っていると、3球肩慣らしに投げた三橋が足元を馴らし、控えていた挑戦者がボックスに立った。
「ゲームスタートぉ!」
少し間延びした金髪の主審の声で、ゲームがスタートした。

まず一球、幼馴染が持つ独特のストレートがど真ん中に決まり、バッターの雰囲気が嘲るようなものに変わる。
その瞬間に、叶はこの挑戦者が負けて終わりだと判断すると、本当に続く3球をあっさりと空振りし、悔しそうにバッターボックスを去って行った。

その挑戦者が立ち去った途端、再びポジション替えのコールが響いて、幼馴染はまたもショートに移って行った。
「こりゃ何かあるな……」
次にバッターボックスに入った挑戦者が女であるのを見ていると、今度は1回表のコールが掛かる。
そう低く呟くと、訝しげにこちらを見た瑠里を一人残して、叶は受付らしい場所に向かった。




西広の試合慣れの為と、阿部の作り上げたデータとの照合をする為、受付や伝令を引き受けた泉は、目の前に現れた男の顔を見てわが目を疑った。
「面白そうな事やってんじゃん。俺も参加できるんだろ?」
忘れもしない西浦最初の練習試合、そこで好投を見せたピッチャーの登場に、泉は想定外の事に嫌な予感がした。
「あぁ。参加料一回二百円を払えば、誰でもバッターかピッチャーで参加できるぜ?やる?あ、オプションでチアリーダーの応援が付くけど、別料金ね」

泉の言葉にかぶさるようにして金属バットの澄んだ音が響いて、先ほどとは別の女が売った打球が二遊間を抜けていった。
「はい、おめでとー!おにぎり貰ってってねぇ」
主審の浜田の声に、見物していたギャラリーから拍手と歓声が上がり、バックネットの裏に張ったテントの下で、おにぎりを作っていたらしい篠岡が顔を覗かせると、どうやら顔見知りらしい相手に、おにぎり二個をパック詰めにした物を渡した。

「で、あれが俺らを討ち取れたり、押さえ込んだときの商品ね」
「じゃあ裏は?」
何のてらいも気負いも無く、叶が椅子に座っている泉を見下ろしながら言うと、泉は眉間に小さく皺を寄せた。
「何で知ってんだ?」
「別に?」
意味ありげな笑みを口元に刻んだ叶に、泉は暫く探るような視線を向けたが、溜息を吐くと手にしていたボールペンの尻で頭を掻いた。
「裏の参加料は五百円。報酬は好きな選手、援団部員、チア、マネジの三十分間借り出し権。ただしこっちも本気だぜ」

挑むような泉の言葉と視線に怯む様子も見せず、叶は財布から千円札を一枚と、硬貨を2枚差し出した。
「通常メニューで一回。裏でピッチャーと打者を一回づつ。参加料を払えば問題無ぇだろ?もちろん、連れ出し権はれ──三橋で」
自信に満ちた三星のピッチャーの言葉に、泉は渋々ながらも部費の為にと頷いた。





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(2008.8.13)
ねこじゃらし様20000hitリク。内容はこれからの展開をお待ちください(苦笑)素敵なリクを頂いたのですが、またもちゃんと生かせるかどうか不安です……