Festival! 4




三橋の背中がどんどんと遠ざかっていくのを見送りながら、阿部はくるりと背後を振り返った。
すぐ背後には、自分の事を取り押さえていたらしい花井と巣山の姿があり、更にその後ろに因縁の相手を見つけた阿部は、無言のまま相手に向かって詰め寄るとその襟首を掴んだ。
「田島ぁっ!テメェなんで三橋と代わったんだ!」
「んなの決まってんだろ?阿部がうぜぇからだよ」
自分の気迫に気圧されることも無く、さらりと言ってのけた田島の顔に、面白がるような色は無い。
その真剣な様子に怒りを更に燃え上がらせた阿部は、掴んだ手に力を込めた。

「どういうこったよ……俺は三橋の事を思って……」
言葉の一つ一つを奥歯ですりつぶすようにしながら呟くと、本気で喧嘩を始める前に自分達を引き剥がそうとしているらしい水谷、沖、西広が、にじり寄りながらなだめにかかってきた。
「ほら、三橋だって久し振りの幼馴染だろ?いくら阿部とバッテリー組む投手でもさ、そいつに会うな!みたいな干渉は良くないってー」
「そ、それに、三橋だってちゃんと自分で言ったんだよ?バッターやるって」
沖の言葉を援護するように、何度も西広が頷くのを見て舌打ちした阿部の頭に、軽いものが振り下ろされてぽこんと可愛らしい音をさせた。

「阿部、いい加減その手離せ。落ち着いて話できねぇだろ」
またも黄色いメガホンを片手に、栄口と浜田を伴って現れた泉が、大きいためそう目立たないが、実は少し垂れ気味の目を半ば伏せ、呆れかえった様子で溜息を吐いて見せた。
「まぁまぁとにかく落ち着けって。な?」
触れれば噛み付くぞと言わんばかりの阿部を取り成した浜田の誘導で、阿部は手を放し、ナインは揃ってベンチへと立ち戻った。



「で?誰が三橋をそそのかしたんだよ」
ベンチにどっかりと座り込み、怒りの為に普段よりも凄みの増した阿部の声に、沖と水谷は怯えたように首をすくめたが、他のメンバーは諦め顔を覗かせた
「人聞きの悪い事言うなよなー。そそのかしたんじゃなくて、ホントに三橋が自分でやるって言い出したんだって。それよか、阿部の方こそ三橋がそんな事言い出した理由、分かんねーのか?」
一人、誰とも違いあっけらかんとした表情で言った田島に、阿部は睨みをきかせたが、西浦の頼れる四番は涼しい顔で阿部に向けて薄く笑った。

「阿部はさ、けっこーよわっちーのな」
「っな!」
「確かに。それを自覚してないから性質が悪いんだよねぇ」
栄口もうんうんと頷きながら胸の前で腕を組み、あまりの腹立たしさにわなわなと震えている阿部を見遣った。
「もっと信じてやれよ」
こんな事を言うのが水谷辺りであれば、何の遠慮も無く殴られていたところだっただろうが、誰よりも三橋の言葉を理解できる田島と、三橋に全幅の信頼を寄せられている栄口が相手であったために、阿部は出かかった言葉を苦労して飲み込んだ。

「ま、まぁとにかくメシにすっぞ。午後も2時までは稼ぐんだからな」
その空気に耐えられなくなったらしい花井が、顔を青ざめさせながら全員を促し、頃合を見計らったかのように、篠岡が運んできたお手製のおにぎりを胃袋に収め始めた。




叶と共に向かった先、先ほどまで野球部の出し物を見物していた人込みの中に懐かしい顔を見つけて、三橋は僅かに目を瞠りながら傍らの幼馴染の一人を振り返った。
「修ちゃん、る、瑠里と一緒?」
「ああ、うん。三橋に誘われてここに来たんだ」
「レンレーン!叶!」
遠くからこちらに向かって大きく手を振る従兄弟に、三橋はまた呼ばれたくないあだ名で呼ばれて顔を赤くしながらも、叶と共に彼女の元に走り寄った。

「瑠里、げ、元気、そう」
「そりゃあね!それよりレンレン、やっぱり打つほうは駄目なのねー」
屈託無く笑う彼女の言葉に何の裏も無い事を知っている三橋だったが、打ちたかった場面で打てなかった悔しさに力無く唸った。
「でも、今日はあの捕手……阿部だっけ?の力もあるからな。あんま気にすんなよ?廉」
けれど、叶がすかさず入れたフォローに、三橋はすぐに表情を緩めて頷いた。

阿部は誰と組んでも、いつも相手を翻弄して見方を勝利に導く。
自分もどれだけ彼に支えられているか分からない。
今日も、きっと自分の事を色々と考えてくれていたとは思うのだが、叶と組んでの投球を見ていると、阿部自身はもっと凄いピッチャーと組みたいのではないかという、いつも頭から離れない疑惑が頭をもたげてくる。

「レンレン?どうかしたの?」
沈思していた自分を窺うように見上げてきた従妹に、なんでもないと首を振りながら、三橋は隣に立つ叶を見遣った。
「二人共、俺に何か用事、あった?」
「そんなの決まってるでしょ?折角レンレンの学校に来たんだから、一緒に見て……」
「って思ったけどさ、お前忙しそうだな。やっぱすぐ部活の方戻れよ」

不意に叶が瑠里を制して、三橋に笑顔を向けた。
「阿部の奴、まだお前が三星に戻るんじゃねぇかって心配してるみたいだぜ?そんなこと無ぇって、ちゃんと言ってやれよ」
額を小突きながら言った叶の言葉に、三橋は目を白黒させた。
「お、俺が三星、に?」
「いつまで経ってもあいつは心配してるみたいだから、そんな気持ちは無いって、ちゃんと言ってやれ」
笑顔の叶の言葉に、三橋は嬉しさで一杯になった。

自分が阿部の事を心配しているように、阿部も自分の事を心配してくれていたのだ。
阿部と恋人同士となってからも、色々な心配の種は消えていない。けれど、それは自分だけではないと分かった瞬間、阿部の顔を見たくて仕方なくなってしまった。
ちゃんと顔を見て、自分は阿部の元を離れる気など無い事、三星に戻るつもりは無い事をちゃんと伝えたかった。

「ごめん、瑠里、修ちゃん。俺、戻る」
「ん。分かった」
「え?ちょ!レンレンってば!」
言うだけ言ってさっさと走り去ってしまった三橋の背中を見送った瑠里は、恨めしげな目で叶を見上げた。
「何で行かせちゃったの?叶が一番レンレンと一緒に回りたがってたのに」
痛いところを突かれて言葉に詰まると、そんな叶を見て瑠里は噴出した。
「ホント、男って格好つけたがるんだから」
図星を突いてきた幼馴染の言葉に、叶は苦笑して頭を掻いた。





グラウンドから出て行って、十分もしないうちに戻ってきた三橋は、ベンチに辿り着くなり食事を摂っていた阿部に掴みかかる勢いで迫ると、その場で盛大な告白をしでかし、チームメイト全員があわてて彼の口を塞ぐ羽目になった。
普段の三橋からは想像できない饒舌さで、阿部に向かって何かを必死に言い募る様子と、花井の胃が限界を迎えたのか、顔を蒼白にして唸り始めてしまったため、阿部と三橋の二人は部室に隔離されてしまった。

昼の休憩時間が終わるまでの間、ずっと部室に居た二人は、戻ってきた時には揃って笑顔になっていたが、阿部のさわやか過ぎる笑顔と、三橋の上気した頬を見て、殆どのメンバーは、部室で何をしていたのかと考えを巡らせてしまい、一部の者はげんなりしていたが、それはまた別の話だ。

その後、再開された出し物はずっと好評で、最後まで挑戦する者は途切れず、再び受付に入っていた泉は満足そうに挑戦者のリストを眺めていた。
「すいませーん。裏メニュー挑戦したいんですけど」
「はいはい。野球部メンバーは五百円、応援団のメンバーは千円ね」
視線を落としていた手元から顔を上げず、泉は頭上から降ってきた女の声に答えた。

阿部と共謀したこの作戦は中々の効果を上げていた。
阿部は三橋狙いの者の、自分は浜田狙いの女をピックアップする為、部費獲得に便乗したのだが、面白いまでの成果が上がっていた。
直接告白するような勇気は無いものの、祭りの雰囲気と勢いに任せて、あわよくばデートが出来るというこの出し物に、かなりの女が引っかかっていた。

事前に裏メニューに挑戦するものには手加減があるとデマを流していた所為で、部費は稼げ、欲しかった情報はあっさりと手に入った。
阿部共々、お互いに相手とちゃんと付き合っているとはいえ、いつでも不安は拭えないし、相手に女が近寄っているのを目にするのも嫌なのだ。
明日からそんな女達に対して、どういった予防線を張ろうかと考えながら、名前やクラスを書き込ませる為の用紙を取り出して相手の顔を見上げた泉は、立ちはだかる相手の姿に固まった。

まず飛び込んでくるのは、バレーボールでも仕込んでいるかのようなたわわなバスト。
その後に続いて、長く編みこまれたお下げ。
学校内で、そんな外貌の人間を泉は一人しか知らない。
「か、かん……」
「何だか荒稼ぎしてるみたいねぇ?浜田君の時だけ2千円ってホント?」

笑顔を浮かべながら指の関節を鳴らし始めた百枝は、つり上がり気味のその目を細めた。
「部費を稼いでくれるのは嬉しいけど、暴利を貪るのは良くないわよ?い・ず・み・く・ん!」
蛇に睨まれた蛙のようになってしまった体を何とか動かし、その場から逃げ出そうとした泉の頭をすかさず捕らえた百枝は、甘夏すら握りつぶす握力を、遠慮なくその指先に込めた。
遠くからグラウンド中に響き渡った泉の悲鳴に、阿部だけが事態を察して青ざめていた。



「……えーっと、しめて3万3500円!思ったよりも稼げたね」
小銭や札の入り混じった今日の稼ぎの集計をしていた栄口は、楽しげに声を上げた。
「にしてもさ、結構裏メニューに挑戦する人多かったよね」
「うん。やっぱり三橋とか花井が多かったけど」
水谷の言葉に、沖が苦笑しながら応じつつ、視線を部室の一角に向けた。
そこには、姦計をめぐらせた泉と阿部が正座させられていた。

「皆、今日は本当にありがとう!このお金で、新しいボール買わせてもらうね!」
栄口を中心に、円を描く様に座っていたナインを見下ろしていた百枝の宣言に、心配そうに阿部の事を見ている三橋以外は元気の良い返事を返した。
出し物が終わった途端、百枝から部員全員で部室に集まるように指示され、集計が始まったのだが、阿部と泉だけはこってりと絞られ、良いと言われるまでの正座を厳命されていた。

「くそー……こんな事やめときゃよかった……」
「後の祭りだろうが。黙ってろよ」
珍しい泉の愚痴に、阿部が声を潜めて応じた瞬間、百枝の目がギラリと光った。
「誰が喋って良いって言ったのかしら?」
「はい!」
「すんませんしたっ!」

痺れもきわまってきた足に涙目になりながら声を張り上げた二人に、他のメンバーはどう声を掛けてやるべきか考えあぐねたまま、文化祭の一日は終わりを告げようとしていた。







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(2008.12.7)
ねこじゃらし様20000hitリク。これにて完結です。もう、何も言えません……お待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんでした!!!(土下座)