儚き思い


暖かい陽が燦々とふりそそぐ穏やかな春の日だった…。

ここは河川敷にあるグラウンド。オレのチームが練習で使っている場所。
辺りは声出しの掛け声やボールを打つ金属音が絶え間なく鳴り響き活気づいている。

新しい顔も増えるこの時期、堤防には練習に参加している子供を持つ親が、練習風景を見に来ていたりする。
しかしここ最近、この辺りでは見慣れないオレと同じくらいの女の子が連日練習を見に来ていた。
彼女は他の見学に来ている家族と話す事も無いので、メンバーの中の誰かの知り合いという事は無さそうだ。
練習中も誰かをじぃっと見てる訳では無くて、ただ、堤防の草むらに座りオレ達の練習風景を見ている。
そんな感じだった。
その独特な雰囲気が印象的で最近は練習中に見に来ているかどうか気になって、思わず堤防のギャラリーを見てしまうのが少しだけ習慣になっ

ていた。

「おーい!ボールいったぞーっ!」

その声で我に返った時、ボールは弧を描き丁度外野で球拾いをしていたオレの更に右側に落ちた。
「やっば…」
オレは慌てボールの後を追いかける。
ボールはそのままバウンドを繰り返しながら座っている彼女の元へと転がっていく。
彼女はゆっくりと立ち上がると草によって動きを止められたボールを両手で拾う。
そして、ボールを捕りに来たオレに向かって「あの…どうぞ…」と柔らかな笑顔でオレにボールを差し出した。
「あ、ありがとう……ございます。」
その控えめで可愛らしい声と笑顔に一瞬ドキリとした為、ボールを受け取るとお礼を言うだけが精一杯だった。
普段からもそんなに女子と話すことは無いので何だか凄く緊張してしまう。
「野球……楽しいよね。」
そう言った彼女は先程の笑顔から少し寂しそうな顔になり、他のメンバーのいるグラウンドに視線を向けた。
その瞳は切なさを含んでいるようだった。
野球が楽しいのが分かっているのにどうして寂しそうな顔をするのかオレには分からなかった。
だから「はい」と答えるのを少しだけ躊躇ってしまった。

「おーい!ボール!!」
少し苛立つような仲間の声が聞こえたので、オレは彼女に軽く会釈をすると背を向けて練習に戻った。
その日以来、練習の時に彼女が姿を現す事は無くなってしまった。
そのかわりにオレの心の中には彼女の寂しそうな顔だけが残った。


季節は夏を迎え、オレは彼女の事を忘れ始めていた。
高校の夏大も始まり兄ちゃんは連日遅くまで練習をしているようだった。
しかし5回戦の試合を終えて帰ってきた兄ちゃんは足に怪我をしていた。
その左足はがっちりと固定されていて、見ているオレの方も痛くなるように思えてくるほど酷い怪我だった…。
怪我をしたその日は同じ野球部の人達がお見舞いに来てたりして賑やかかったけど、皆が帰った後の兄ちゃんは何だか悔しそうな顔をしていた


オレは何か声を掛けたかったけど、今はそっとしておいた方がいいと思って静かに見守っていた。

その翌日、オレは夏休みの登校日だった。
学校から帰ってくると、家の前で挙動不信な態度をとっている一人の女生徒がいた。
このあたりの中学では見慣れない制服を着ている。
顔が見えるほどの距離まで近づくと、その横顔を見てオレは思わず心臓が跳ねてしまった。
彼女は春先に練習を見に来ていた人物その人だったから。
まさかこんなところで再会できるとは思ってもみなかった為、思わず自分の幸運はここで使い切ったのではないかと思うほどだった。
彼女は門のインターフォンを押すかと思えば、そのまますぐまた手を引っ込めるという事を何度も繰り返している。
なんだか不憫に思えてオレは声を掛けることにした。
「あの……ウチに何か用っすか?」
彼女はオレの声に凄く驚いたらしく、瞬時に固まった。
そして油の注されてない機械のようにゆっくりとオレの方を向いた。
「あ……の、私、怪しい者じゃなくて、その…西浦高校の、野球部のマネジャーをしてて…えと…阿部君……隆也君に渡す物があって…」
彼女の顔は緊張の為か次第に頬を朱に染めあげた。
一方、オレはというと彼女が年上だったという事に驚きつつも、そのたどたどしくも一生懸命話す姿が何だか可愛く思えてしまった。
「なーんだ、兄ちゃんの学校の人なんですね。兄ちゃん中にいますよ。上がって行きますか?ええと……」
「みっ、三橋 廉ですっ。」
「じゃあ三橋さん、上がっていって下さい。」
「え…でも、突然迷惑じゃ…。」
「渡す物があるんですよね?それに兄ちゃんもちょっと落ち込んでいるみたいだから元気分けてもらえると助かります!」
名前も聞けたうえにこれで会話も出来るなんて今日のオレはちょっとついてるのかもしれない。
オレは三橋さんの腕を掴むと半ば強引に家の中へと上げた。

「ただいまー!!兄ちゃん、お客だよーっ!」
「お、お邪魔します…。」
それでも家の中は静まり返っていた。
「あれ?いないのかな?とりあえずそこの客間が今兄ちゃんが使ってる部屋なんで入って待ってて下さい。オレはお茶入れてきますね。」
「は、はい…。」
オレはそのまま三橋さんが客間に入るのを見送ると、お茶とお茶菓子を用意するべく奥のキッチンへと向かった。
鞄を適当にイスに引っ掛けると、グラスを取り出して氷を入れ麦茶を注ぐ。

それにしても年上だったなんて意外だったなぁ…。
野球部のマネジって言ってたからやっぱり野球は大好きと思ってもいいよね?
うん。ちょっと野球の話をすれば親密な感じになれるかもしれないな。
オレは百面相をしながら三橋さんともう少し話せれるように頭の中で色々話題を考えた。。

その時何か違和感を感じた。
兄ちゃんの話してる声って普段から大きいからキッチンまで聞こえてきそうなのに、家の中は相変わらず静かなままだ。
ひょっとしてあの二人ってすっごく仲が悪いのかもしれない。
だから三橋さん、さっきも兄ちゃんが怖くてインターフォン押すのをずっと躊躇っていたとか…。
まぁ、女の子から見たら確かに兄ちゃんが怖いと思うこともあるかもしれないけど…。
じゃあオレ今、三橋さんをとんでもない状況にさせちゃってるのかもしれない。
そう思ったら慌てて必要なものをお盆に乗せると客間へと急いだ。

客間の入り口の襖は閉じられていた。
相変わらず静かなままだったので、オレは襖に手を掛けると慎重に少しだけ隙間を開けて様子を伺う。
客間には確かに二人ともいた。
兄ちゃんは座椅子に座っている。耳を澄ますとかすかに寝息が聞こえていたので、どうやら寝ている様だった。
三橋さんは…近くにあったタオルケットを兄ちゃんに被せていた。
オレはとりあえず最悪の状況でない事を確認すると少しホッと胸を撫で下ろした。
それと同時に三橋さんは優しいんだなと少し嬉しくなってしまった。
ますます三橋さんに興味が湧き、オレの胸は高鳴りつつあった。
しかしタオルケットを兄ちゃんに被せても、三橋さんは兄ちゃんの横を離れなかった。
三橋さんはほんのり顔を赤く染めると、愛しい人を見るようにとても暖かい眼差しを兄ちゃんに向けていたのだった。

思わずオレはお盆を落としそうになった。
そして俺の第六感が瞬時に働いた。
あれ?あの視線って…そういう事なのかな…?でもさっきはあんなにぎこちない態度とってたし…。
でも兄ちゃんの気持ちはまだ分からないからオレにも望みはあるかもしれない…よね?
そう思い直してオレは「失礼しまーす」と襖を軽くノックして開けた。
すると三橋さんは慌てて兄ちゃんから少し離れた。
兄ちゃんはオレの声に反応したのか、体をビクッとさせると目を擦りながらイスから体を起こした。
「兄ちゃん、三橋さん来てるよ。」
「ん〜……、うわっ!なんでお前家にいるんだよっ!」
「ごめんなさいっ。その、今日みんなの目標が決まったから、そのプリントを持って来て…。」
吃驚した顔の兄ちゃんなんて久しぶりに見たかも。もしかして寝ているときの顔みられたくなかったとか?
三橋さんも何も悪くないのに何で謝ってるんだろう?
「兄ちゃん、まずはお見舞いに来てくれてるんだからお礼が先だと思うよ。」
オレはテーブルにお盆を置きながら二人の様子を伺う。
「分かってるよ。その…暑い中わざわざありがとな…。」
「ううん。これ早く届けたかったし。」
兄ちゃんも三橋さんもお互いに目を合わさないものの、少し照れている感じは見ている俺にも伝わってきた。
間違いない、二人はお互いに好きって気持ちは持ってるみたいだ。
オレは二人の関係が気になり我慢できずに聞いてしまった。
「あのさ、二人は付き合ってるの?」
「バッ…何言ってんだよ。そんな事ねーよ。」
「そ、そうだよ!同じ部活で私がよくお世話になってるだけだよ。」
「そうなんだ。」
一生懸命否定した中にも、オレは三橋さんの言葉を聞き逃さなかった。
あの、他人の世話を焼くことの無い兄ちゃんが三橋さんのお世話をする…ってことは、兄ちゃんも三橋さんが気になるからそういう事してるっ

ていうことだよね。
胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。

オレはお互いに思いあってる仲に割って入るほどの勇気なんて持ち合わせてない。
それにこの二人ならそのうち付き合うような気がした。

本当はもっと話をしてみたかったけど、これ以上二人の邪魔をするのも気が引けたのでオレはお茶を運んだお盆を持って立ち上がった。
「じゃあ三橋さん、ゆっくりしていってくださいね。」
オレは笑顔でそういうと客間を後にした。
閉じた襖に背を預けて二人の先程の光景を思い出す。
今の自分の三橋さんへの感情が本物になる前に二人の感情に気付けて良かったと思った。
何も始まって無いのに失恋ってちょっと辛かったけど、オレだってきっといつか兄ちゃんのように誰かから思われる時が来るかもしれない。
そしてオレもまた誰かの事を強く思う日が来るかもしれない。

今はその時が来るまで、二人が上手く行くようにささやかに願った。



その後、三橋さんが帰る時にオレも兄ちゃんと一緒に見送った。
三橋さんの姿が見えなくなった時、兄ちゃんの顔を見ると、昨日の友達が帰った後とは打って変わって少し機嫌が良いみたいだった。
「何かいい事あったの?」
「まーな。」
「三橋さん、優しい人だね。」
「ぶっ!」
兄ちゃんは盛大に噴いた。その顔は引きつっていたけど明らかに動揺を抑えている。
「お前、何を根拠にそんな事言ってんだ?」
「だって、昼間寝てる時にタオルケット掛けたの三橋さんだよ。」
「そうだったのか……ってお前それ見てたのかよっ。」
「わっ、これはオレだけの秘密だった。」
オレは意地悪そうに笑うと慌てて兄ちゃんの横をすり抜けて家の中へと逃げ出した。
後から兄ちゃんがオレを呼んでいる声が聞こえたけど、そのまま聞こえない振りをした。

今日くらいはこれくらいの意地悪を許して欲しいと思う。
だってオレの心は失恋で少し痛むから。

でも、明日からは兄ちゃん達の事、心の中で応援してるね。



私のハニー、ニダコさんから頂きました!キリ番リクエストでアベミハ子←シュンちゃん!
もう私の好みに超クリーンヒットのシュンちゃんなんですが!!ありがとう!ありがとうぅ!キリ番設定されていないところに無理矢理お願いしてしまったので申し訳なさで一杯ですが、同時に溢れんばかりの感謝と煩悩が(笑)これからもどうか構ってやって下さいねv
そんな私のハニーのサイトには、こちらからどうぞ!