春待ち






練習帰りにコンビニに寄るのは、野球部メンバーの定番コースである。
日が暮れてからも明りを求めて移動しながら練習し、くたくたになって家路につくのはいつも午後の9時過ぎ。
そのためにどうしたって腹が減るため、家にたどり着くまでの間持たせるだけのちょっとした食料を買い、コンビニの前でたむろしながら食べるのだ。
これが冬場になると、暖をとるためという理由も加わる。

「さみー!」
「暖冬って毎年言われるけど、寒いよね」
「朝とか、自転車で来ると耳が痛いもん。花井みたいにニットキャップ買おうかな」

わいわいと騒ぎながら、今日も疲れただとか、今度のテストは・・・などと話す憩いの一時。
皆が肉まんだのミニのカップ麺、暖かい飲み物だのを買っている中で、田島だけはおにぎりを買っていた。

「おにぎり、やっぱ冷てぇな・・・」
「そりゃそうだろ。温かいのがいいなら、別の買えばよかったのに。それか、店員さんに頼んで温めてもらうか?」

北海道では普通に店員さんが「おにぎり温めますか」と聞いてくれるらしいが、本当だろうか。
そんなことを思いつつ、花井は肉まんを頬張る。
田島はおにぎりを半分に割りながら、首を横に振った。

「熱いと食えないかと思ってさ」

何が食えないんだと首を傾げていると、田島はその半分に割ったおにぎりを、コンビニの裏へと通じる暗がりへと下手投げで放った。
明るすぎるコンビニの明りは、生まれる影も濃い。
その影に転がった白いご飯の塊を、小さな何かがひょいっと顔を出して咥え込んだ。

「猫?」

猫は田島が投げたおにぎりを咥えると、さっと物陰に隠れてしまう。
ここを餌場にして、コンビニ客からもらう食料を当てにしているのだろう。
それにしてもこの暗がりで、田島もよく猫がいることに気づいたものだと、少し感心する。
猫のようだと言われるあの大きな目は、本当に猫並に夜目が利くのかもしれない。

「慣れてねえのかなあ」

猫は隠れたまま、もう出てこない。
どこか安全なところで食べているのだろうか。
もう一度顔を覗かせたら、自分もこの肉まんを分けてあげたいのに、と花井は思った。
けれどその考えを読んだように、田島が釘を刺す。

「花井、肉まんはやっちゃダメだぞ。玉ねぎが入ってっから、猫や犬には毒だから」
「え、そうなの?」

今の花井の頭の中身、なんで考えてることがばれたんだという驚きが半分、玉ねぎが毒だという驚き半分。

「玉ねぎ中毒ってな。血が悪くなんの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「嘘じゃねーって!西広に聞いてみろよ!?」

露骨に疑いの眼差しで見られると、さすがに田島も傷つくようだ。
その必死振りからどうやら本当らしいと思うことにする。

「あ、また出てきたぞ」

先ほどと同じ猫が、もっとくれるかと強請るように、建物の影から顔を覗かせている。
あまり大きくない猫のようだから、余計に人間を警戒しているのかもしれない。

「足りねかったかな。これもやる」

田島は冷たいおにぎりの残り半分を、猫に向かってもう一度投げた。
猫はそれを咥えてまた暗がりに姿を消す。

「多分、兄弟とか仲間が近くにいんだよ。それか、つがいの相手かも」
「・・・ふーん」

いちいち逃げずに、そこで食べればいいのにと思った花井に、田島は説明するように言葉を繋ぐ。
自分の考えはそんなに見透かされやすいのかと恥ずかしくなりながら、そういえば田島はあの三橋とのコミュニケーションを可能とするやつだったと思い出した。
その田島は結局、何も口に入れないまま、ゴミだけを捨て、さみーと呟きつつ、ポケットに突っ込んでいた手袋をはめなおしている。
鼻が赤くなっていて、いかにも寒そうだ。

花井は半分まで食べていた肉まんをさらに半分に割って、その片方を田島の口元へと差し出す。
田島は魚が餌に食いつくように、ほぼ反射でぱくりとそれを口に入れてから、ちらりと花井を見上げてきた。

「苛めたりしねえよ。でも指は食うな」
「・・・ふぁい」

肉まんはもう冷めかかっていたし、僅かに触れただけの田島の唇も冷たい指先を温めるほどではないが、仕方が無い。
野球部の仲間がいるコンビニ前でいちゃつけるほど、花井の常識だとか世間体だとか羞恥心は壊れてないのだ。

そそくさと手袋をはめる花井の背に、田島はとすんと背中を合わせてもたれてくる。
伝わってくるコート越しの温もりも重さもささやかで、返ってホッとした。

猫が2匹、寄り添うようにしておにぎりを食べる姿がなんとなく思い浮かんで、なんとなくその2匹に自分と田島を重ねて。
我ながらそれはどうだと花井は一人で恥ずかしくなる。

「・・・・早くあったかくなるといいな」
「もうちっとの辛抱だよ。ダイジョウブ」

間髪いれずに返ってくる田島の返事に、やっぱり自分は見透かされていると感じて、後ろ足で田島の足を蹴っ飛ばしてやった。








「猫の落書き」の大猫様より、34444キリ番リクに頂いた春を待ちわびる二人。
大猫様がカイ様と共同で連載されている猫タジハナとリンクしているようで、一人大興奮しております!きっと猫関連で頂いたものがあるの私だけ(笑)もう本当に本当に幸せです!ありがとうございました!!