春宵kings

楽しいはずの合宿初日の夜、なぜかそこには緊張に満ちた空気が漲り、西浦硬式野球部創部メンバー十人は、目の前に置かれたくじに、全神経を集中させていた。
「じゃ、全員で一斉に引くぞ?」
おそるおそる、まるで爆弾でも目の前にしているような緊張を滲ませた花井の声に、残りの全員が神妙に頷く。
そして、ぽっきーの空き箱に無造作に突っ込まれたこよりに全員の視線が集中している事を確認した花井は、小さく息を吸い込むと、一瞬息を溜めた。
そして──
「せーのっ、ゴッ!」
裂帛の気合と共に放たれた合図に、全員がこよりに手を伸ばした。





事の起こりは夕方、篠岡が熱を出した事だった。
一年次最後の合宿は、一年次最初の合宿と同じ宿舎で行われた。
先年のゴールデンウィーク合宿と同じく、山の手入れと引き換えに格安で借りた宿舎とグラウンドに、西浦ナインのテンションは最初から高かった。
懐かしい場所に、普段とは違う場所での練習と言う開放感、そして普段の厳しい練習の中、滅多に行けない小旅行気分と気の合う仲間達が揃えば、行きのバスの中では凄まじいまでのテンションを見せる極一部に、冷静沈着派の面々は深々と溜息を吐いた。

それを眺めて笑っていた篠岡の顔が、いつにも増して血色が良い事に気付いたのは水谷と西広だった。
午前中一杯の移動で疲れたのだろうが、どうと言うことは無いと応じた篠岡に押し切られ、その場は引いた面々だったが、夕方になり流石に真直ぐに歩けていない篠岡の様子に、百枝がストップを掛けた。
宿舎で暫く安静にしていたのだが、熱が下がる様子は一向に無く、志賀と百枝の判断で、近くの町の救急に駆け込む事になった。
本来ならどちらか一方が残る所なのだが、全幅の信頼を置かれているキャプテンが、運転をしながら篠岡を気遣って、と言うのは危ないし、こちらは宿舎に閉じこもっているから、と大人達を気遣い、他のメンバーも神妙な面持ちで頷いて見せたので、志賀と百枝は二人揃って篠岡を連れて病院に走ったのだった。

さて残された面々だが、誰かが羽目を外すかと言い出しそうなシチュエーションであったにも関わらず、誰一人脱落者無く大人しく食事と片付けを終え、布団を整えた。
だが、ここは健全な男子高校生。
練習もいつもに比べれば軽い物だったり、移動時間に寝ていたりしていた為、さぁ寝るぞといったところで
そうすぐに寝付かれる物ではなかった。

では何をして時間を潰そうかとなり、全員で頭を寄せ合いながら話をしていた輪の中に、三橋がぽっきーをおやつに差し出したのはそんな時だった。
食い意地が張っているからと、母親が無理やりバッグの中に入れたというそれは、しっかりと食事を摂った後の球児にとっても別腹物で、残りのメンバーがありがたく手を伸ばそうとした時、頼れる四番様が待ったをかけた。

一体何事かと四番様、田島を振り返った面々は、田島の「王様ゲームをしよう!」という提案に、揃って理解できないと言った顔を見せた。
だが、他にあるものといえば春休みの宿題くらいだったメンバーは、「ぽっきーといえば王様ゲームだ!」という無邪気な田島の提案に異論を唱えられず、なし崩し的にそれは始まった。

ノートのページを破り取り、こよりを作った先端に1から9までの数字を書き込んだものと、赤く色をつけたくじを田島と三橋、水谷と泉まで加わって作っているのを見ている間、他のメンバーはなぜか期待感を抱いている自分達に苦笑しながらも、準備が整うのを待った。
そして最初はいたって和やかにゲームは始まった。

最初に当たりくじを引いたのは西広だった。
「じゃあ、7番が笑うまで、3番が変顔を見せる」
「お、おれ、だ!」
「うえぇ?!お、俺が笑うまで?」
やる気充分、鼻息も荒い三橋に、花井が困惑した声を上げた。が、抗議の声を上げようとでもしたらいい花井がそんな三橋を振り返った途端、あっという間に花井は噴き出し、なんとも呆気なく初回は終わってしまった。

「つっまんねぇよ花井ーもうちょっと我慢しろよぉ」
まだ変顔をした覚えは無いが、それでも花井を笑わせる事が出来たらしい事実に、三橋が戸惑っている中、花井の隣にいる田島が後頭部で手を組みながら不満そうに口を開いた。
「だ、だって田島、今阿部が……!」
「ああ?俺が何だってんだ?自分の根性の無さを人の所為にすんなよな」
余程ツボにはまってしまったのか、笑いの発作の治まらなくなった花井を放置して、三橋の隣からいつの間にか背後に回って、何かしていたらしい阿部がさくさくと次に進めようとするのを結局誰も止めず、次は栄口が当たりを引当てた。
「んー……じゃあ……」
「栄口、ぽっきー使えよぽっきー!」

田島の言葉に困ったように笑った栄口は、また暫く思案した後顔を輝かせた。
「二人羽織で、8番が1番に食べさせる!」
「俺いっちばーん!8番は?」
「俺だクソレフト」
ぽっきーを食べられるという幸運に満面の笑みを浮かべた水谷だったが、相手を知ったとたんにこの世の終りを迎えたような表情で青ざめた。
「さ、栄口!お願い!何か他の奴!」
「え?じゃあ……」
「もう遅い」

自分が口にした番号を持っている二人の組み合わせを見て気まずい顔をした栄口が、自分が提案した事を撤回しようとした時、左隣に座っていた水谷の背後に回りこんだ阿部が彼を羽交い絞めにし、手に持っていたぽっきーを何本かまとめてその口の中に突っ込んだ。
「阿部、それ二人羽織りじゃねぇよ!」
「あ?んなのどうだっていいだろ。要するに食わせりゃ良いんだから」
咽の奥まで入れられた訳ではないが、あまりに急に勢い良く突っ込まれて驚いた水谷が咳き込む中、田島のブーイングに阿部は涼しい顔で鼻を鳴らした。
「ねぇ、これさ、ちょっと食べちゃ駄目かな」
突然の西広の提案に、漸く咳が収まった水谷も顔を上げて、ほぼ全員が彼を見つめた。
その無言の「何故?」に、西広は自分の左隣り、ただ一人こちらに視線を向けていないメンバーの方に、気付かれないようにちらりと目を向けて指し示した。

そして全員が納得する。
「三橋。ゲームで全部使うのは無理だから、ちょっと食っちゃっても大丈夫だぞ」
「う、あ、の」
「そうそう、三橋がもって来てくれた物だし」
「俺らもちょっと貰うしね」
お預けを食らった犬宜しく、よだれを零さんばかりの勢いでぽっきーを見つめていた三橋に、彼の正面の巣山、その右隣りの沖、更にその隣りの栄口も笑いかけて、三橋は彼らの顔を順番に見渡した後、なぜか照れて頬を染めながら顔を伏せた。
「あ、りが、とう……」
「俺も食お」
「俺もー!」
泉と田島もそれに便乗して手を伸ばすや、他のメンバーもそれぞれ手を伸ばし、あっという間にそれは半分程になってしまった。
ぽっきーを食べつつ、再び王様ゲームを始めたナインは、一人だけいつもと少し様子の違うメンバーに気付く事は無かった。

(気付くなよォ……?)
三橋と共に、一人ぽっきーに勢い良く何度も手を伸ばしていた花井は、気付かれないように視線を巡らせながら、ゲームの成り行きを見守っていた。
監督や顧問の留守を預かる者として、暴走しかねないメンバーを押える為にも、ぽっきーを食べ尽くしておきたかった。
暴走しかねないメンバー、田島と阿部は、ただ普通にゲームを楽しんでいるようだったが、花井としては、不安の芽は早めに摘んでおくにこした事は無い。

何故二人が暴走するのか──
不可解極まりない事だが、この西浦野球部には同性同士でカップルになっている者が三組居る。
もう一人、応援団の団長を加えると四組になるのだが、前述の二人は、学校でも時々暴走し、その度に花井は胃に穴が開く思いをする事になる。
(田島の場合、自分が自重すればそれは防げるのだが、何度かに一度は失敗し、自己嫌悪で更に落ち込む事になる)

そんな花井の思惑を余所に、三度目のくじ引きで沖が当たりを引当て、次もまぁ穏やかなリクエストだろうと花井が胸をなでおろした瞬間。
「4番と5番がぽっきーゲーム!」
高らかに宣言された内容に、花井は自分の番号を確認する前にその場に突っ伏した。
「何で?!」
「え?だって、王様ゲームはやっぱぽっきーゲームでしょ?」
花井の怒号に、沖の怯えたような声で身を竦めた。

「はいはーい!俺5番!4番は誰だー?」
くじを確認したらしい田島の声に、他のメンバーも自分の番号を確認し、やがて栄口の表情が曇った。
「オレ……」
「何だよ、お前等ポジションどおりの番号引いたのか」
巣山が楽しそうに笑いながら口を開いた横で、水谷と花井が絶句し、顔を真っ青にした。

「は、はんたーいっ!男同士でぽっきーゲームなんて!」
栄口と付き合っている水谷が、まるで授業で当てられたかのように右腕をびしっと音がしそうな勢いで挙げながら叫ぶと、その対角線に近い位置で、花井も何度も頭を上下させて頷いた。
「男同士でなんて楽しくねぇ!」
「やかましい!このゲームに参加する事を決めた以上、大人しくルールに従いやがれ」
「そーそ。別に減るもんじゃねぇだろ?それにぽっきーゲームする為に始めたようなもんだし」
阿部が何故か偉そうに叱り付け、花井の右隣に座っていた泉がその肩に腕を回しながら、たしなめるように言うと、花井はさらに柳眉を逆立てて泉をにらみつけた。
「だけどっ!」

「いい加減にし無ぇと、田島にある事無いこと吹き込むぞ」

潜められた声で耳元で囁かれた花井が一瞬言葉に詰まった隙を突いて、田島が嬉しそうにぽっきーを手にとって、栄口の横でぎゃあぎゃあと騒ぐ水谷を余所に、栄口の前にまるで犬のように膝を立て、ぽっきーをくわえ込んだ。
「んひゃやろっは」
おそらく「んじゃやろっか」と言ったのだろうと判断した栄口は、あまりに騒いで阿部に取り押さえられた水谷に向って小さく溜息を付くと頷いた。
「そんなに騒ぐようなことじゃないよね、ほんと」

そう言うや否や、さっさと田島が咥えた方の反対側を口に含んだ栄口は、嬉しそうに笑っている田島を尻目に、大きく口に含んだそれを田島が咥えた場所の手前でぽきりと折った。
「へ?」
「あれ?ゴメン、すぐに折れちゃったね。もう一回する?」
意表を突かれた田島とナイン達は、そう微笑みつつ口の中のぽっきーを噛み砕きながら言う栄口の背後、黒く渦巻く何かの気配を感じ取って首を横に振った。
野球部の中で、怒らせると一番恐ろしい栄口のこの笑顔には、誰も文句など言えるはずも無い。
「さ、さぁ!気を取り直して行こうか!」
西広の掛け声に、田島は渋々といった様子で自分の席に戻り、花井と解放された水谷はあからさまな安堵の息を吐いた。

「さーんじゃ次……って!何だよ!ぽっきーもう無いじゃん!」
田島がなにやらにやにやと笑いながら、お菓子が転がっていた筈の場所を見て表情を一変させた。
「あぁ?三橋もそんなに食ってねぇ……まぁこんだけの人数でちょっとづつでも食えば無くなるわな」
阿部が呆れたように呟きながら、花井を意味ありげな視線で見つめた。
その視線の意味に気付いて、花井は一瞬たじろいだが、何らやましいところの無い花井はむしろふんぞり返った。

「じゃあもうこれで王様ゲームも終了だな!もー皆寝ろ!」
「えー!まだゲンミツにやり足んねぇ!西広とか巣山とか、一回も当たって無い奴がいんじゃん!」
「田島……俺もまだ当たって無い……」
水谷の悲しげな呟きを無視しつつ、田島が花井に食い下がると、元から彼のそういった視線に弱い花井は言葉に詰まった。
「でも、そんな事言い始めたら際限無ぇし……」
「不公平はかわいそーだぞ?」
「そうだね、まだそんなに遅い時間じゃないし」
「うんうん。まだ眠たく無ぇし」
西広や巣山までもが田島に同意した事に、花井は反論に窮してしまい、助けを求めるように栄口に視線を向けたが、栄口は拗ねる水谷を宥めるのに気を取られていて、花井は結局助けを得られずにがっくりと肩を落とした。
「じゃあもう少しだけ……」
その一言を、花井はその直後に後悔した。

「ほい!俺王様!じゃあ、9番に3番がほっぺちゅー!」
「ええぇっ?!」
「ぎゃははは!やっぱそういうのねぇと面白く無ぇよな!」
今回当たりを引き当てた巣山が高らかに宣言したのを聞いて、沖が泣きそうな声を上げるのと同時に、田島が腹を抱えて笑った。
「で?誰が9番で誰が3番?」
悪戯っぽい笑みで泉が全員の顔を見渡すと、花井が力なくその場にうなだれながら、ぶるぶると震える手でくじを差し出した。
その手に握られた番号に目を向けた田島が、一瞬にして表情を険しくした。
その刹那

「あ、俺が9番」
穏やかな笑みと共に、田島の左隣で挙手した西広に、花井はがばっと体を起こした。
「はない?」
「もーやけだ。ほっぺだろうが唇だろうがやってやる。どうせお遊びだ!」
心の底からそう思っているのだろう、花井の目が座っているのを見て取って、田島が手を伸ばそうとする前に、立ち上がった花井は田島を背後側から迂回して西広の横に膝を突くと、その頬に音を立ててキスをした。
それを見ていた残りのメンバーの殆どがわいわいと笑いあっている中、田島だけが不満そうな顔で元の席に戻った花井を横目で見た。

夫々が手に持っていたくじを戻し、今ほど王様だった巣山がくじを混ぜている様子に目を向けていた花井は、横から注がれる恨みがましい視線に小さく嘆息した。
「何だよ。お前が言い出したんだろ」
「……花井……全然ちゅーちょ無かった……」
体全体で拗ねている事を表すかのように、田島が体育座りをして膝を抱えたのを見て、花井は悪いと思いつつも噴出さずには居られなかった。
それを聞きつけた田島が、更に唇を尖らせて顔を伏せた様子に慌ててその頭に手を添えると、その頭をガシガシと弄くった。

「お前だって、栄口とぽっきーゲームの時、何か嬉しそうにやってたじゃ無ぇか……」
その後に言葉を続けようとして、花井は少し躊躇った。
田島と付き合っているという事がここに居るメンバー全員にばれているとはいえ、あまり堂々としたくない。
暫く思案した後、田島の頭に乗せたままだった腕を下ろし、そっとばれない事を祈りながら田島の腰に腕を回した。
手が触れた瞬間、田島の体が過剰なまでにびくりと反応し、沖が訝しげな視線を向け、その隣の栄口も驚いたように目を見開いたが、ちょうどくじを引く順番が回ってきたため、二人はそれ以上こちらに興味を向けなかった。

何とか二人の視線をやり過ごせた事に安心すると、花井は田島の腰に添えた手に少しだけ力を込め、いつの間にか真っ赤に染め上げてた田島の耳に、周りに不審に思われない程度に口を寄せて囁いた。
「お前、俺が嫉妬なんかし無ぇとか思ってんの?」
そう囁くのが限界だった。
自分の行動の恥ずかしさに花井が腕と体を田島から離した瞬間、田島は真っ赤に茹で上げた顔を膝を抱える腕の中にすっぽりと収めて沈黙した。





その様子を対角線に近い位置で見ていた阿部と水谷は、お互い無言のまま顔を見合わせた。
「あれ、絶対後で大変だよね……」
「あぁ……あいつ素であんな事やってんだな……」
学校では決してそんな素振りを見せないキャプテンと四番の様子に、二人は半分呆れながら溜息を零した。
すぐ近くにこれだけの人数が居るのに、まるで二人しかいないような雰囲気をかもし出している二人を見ていると、自重している自分達のほうが馬鹿らしく思えてくる。

「……で?首尾はどうだ?」
「万全ですよ隊長」
突然話題を変えた阿部に、水谷はいつものふにゃりとした笑顔ではなく、企みを秘めた笑みを浮かべた。
ぽっきーを物凄い勢いで食べている花井を見た二人は、常識派の彼がぽっきーゲームの阻止を企てている事を感じ取り、食べる振りをして、何本かをストックしていたのだ。
「花井も結構姑息だよねー」
「でも自滅するんだよな」
二人が黒い笑みを浮かべた瞬間、何故か花井は悪寒を感じて体を震わせた。

「お?俺が王様だ」
花井と巣山に挟まれた位置にいた泉が、手の中のくじをみて声を上げた。
「じゃあ6番と2番が……」
「ぽっきーゲーム!」
泉が指示内容を口にしようとした瞬間、水谷は嬉しそうに叫んだ。
「はぁ?ぽっきーもうねぇのにできっかよ」
「んふふー実はあるんだな、これが!」
言葉と共に、阿部と自分の間の後ろのほうに隠していたそれを取り出した水谷は、馬鹿を言い出したと呆れ顔を見せた泉に向って、隠しておいたそれを掲げて見せた。

「んなっんで!」
「一人でがっつきやがって、三橋が食う分減っちまうだろ」
てっきり無くなっているものだと思っていた花井の悲鳴のような声に、阿部がしれっと答えながら、水谷の手から数本を取り、隣の三橋に一本を渡しつつ、自分も一本咥え込んだ。
「で?ぽっきーゲームすんのは誰だ?」
手に持っていたもう一本を振って見せたとき、横合いからそっと手が差し上げられた。
「お、れ、2、ばん……」
「断固拒否!相手が誰であろうと断固拒否だ!」
「お前が口出すことじゃ無ぇだろが!」
「6番は?誰だ?」

突然動揺し、三橋の前にバリケードでも築くかのように上半身を乗り出した阿部に向って、今の意趣返しとばかりに花井が面白がるような笑顔を向けてけなし、田島がきょろきょろとメンバーを見渡した。
「俺、6番だよ……」
己の不運を嘆く沖が手を挙げたのはその時だった。
「おし行け沖!阿部は任せろ!」
そう叫ぶなり、田島が身を躍らせて阿部に襲い掛かると、阿部を押し潰さん勢いで圧し掛かった。
「てめっ!どけ田島!」
「三橋にゲームの楽しさを堪能させてやってもいいだろが」
「ぐっ!」
言いながら更に上に載った泉が、水谷の手から一本ぽっきーを奪い、頬張った。
「俺、やる、よ!阿部君!」
「うん、楽しんだらいいよ、三橋」
にこやかに微笑みながら、泉の上に更に圧し掛かった栄口は、三橋に向ってにっこりと微笑んでその背中を押した。

沖と共に新しいぽっきー(阿部に渡された分は食べてしまっていた)の両端を咥えた三橋は、西広にやり方を確認して、躊躇いがちに少しづつ咀嚼していった。
徐々に迫るお互いの顔にふと、三橋はその動きを止めた。
「どした?三橋」
ついに唇からぽっきーを離してしまった三橋に巣山が問い掛けると、三橋は何故か目に涙を溜めながら彼を振り返り、ぶんぶんと首を横に振った。
「ごめ、なさ……俺、出来ない……」
「……気にしなくていいよ、三橋。うん。俺もいの……ううん、何でもない、気にしないで……」
心底安心したような沖の言葉に、三橋は一瞬申し訳無さそうに眉を下げたが、それでもこくりと頷くと、すごすごと自分の席に戻って行った。

「ねぇ巣山」
「あ?何、沖」
巣山の隣、阿部の上から戻ってきた栄口とに挟まれる場所に戻った沖が、声を潜めた問い掛けをしてきたのを受けて、巣山は彼を振り返った。
「俺、絶対今命拾いしたよね」
その真剣な言葉に、掠めるように考えすぎでは、と思った巣山だったが、まだ面白がって乗っている田島の体の下から、阿部が沖に向けている視線を目にして、小さく、だが確信を持って頷いた。
「ああ、確かに……俺、そろそろ止めて寝たほうが良い気がしてきた」
二人が共にこぼした溜息は、ぎゃあぎゃあと騒ぐ田島と阿部の叫声に掻き消された。

「っと、もうこんな時間か……おら!全員もうほんとに寝るぞ!明日の練習に差し支えっからな!」
阿部の上にのしかかったのが面白かったのか、対象を別のメンバーに変えつつ騒ぎ始めていた田島が、花井の言葉に再び不満の声を上げた。
「じゃあ最後にもー一回だけ!」
「ええっ?」
「そうだね。もう一回だけやって、キリ良く終わろうか」
なにがどうキリがいいのか分かりかねたが、西広のアルカイックスマイルの持つ説得力に、花井は渋々頷いた。

「もう本当に最後にすっからな!」
「じゃあさ、皆でくじ引く前に、何番が何をするか決めとく?」
栄口の提案に、のしかかられていた田島から解放された阿部によって、ウメボシを喰らっていた水谷以外が表情を綻ばせた。
「それ良いな。じゃあ最後は何にする?」
「寝られるように子守唄歌うとか?」
「余計に寝られ無ぇだろそれ」
巣山の言葉に沖が提案すると、泉がそう笑った。
「じゃあ、恥ずかしいネタばらしとか?」
「お、俺、は……恥ずかしい、事、一杯……」
「……ここで好きな奴ばらし、ってのが出てこないのが何だかなぁ……」
「十人いる中で、七人の好きな奴が分かってたら、別に聞かなくても良いって!」
先にバツゲームを決めておく事を提案した栄口の意見に、三橋が俯きながら呟き、花井が溜息混じりにぼやいた瞬間、元気一杯の田島が花井の背中に飛びつきながら笑った。





結局、1番と2番を引き当てた者が、出かけたモモカン、シガポ、篠岡が戻るまで、宿舎の入り口で寝ずの番、という事で決着し、最後のくじを皆が一斉に引いた。
そして──

一応風邪をひいてはいけないからと、掛け布団を持たされた泉と西広は、玄関の上がり框で、持たされた布団を体に巻きつけ、更に身を寄せ合うようにして座っていた。
三月になっているとはいえ、山の空気の冷たさは尋常ではなく、色々と着込んでいるにも関わらず、足元からじんわりとした冷たさが上ってきた。
「最後の最後に運が悪かったよなぁ」
「でも楽しかったよね」
泉の呟きに、西広がくすくすと笑いながら応じた。
それに泉も笑い返しながら、眠気除けにと持ってきてた携帯を、しっかりと体に巻きつけた布団の隙間から顔の前に取り出した。

「これくらいの時間なら、メール打つくらいは大丈夫じゃないの?」
それを見た西広が促すように言うと、泉は一瞬言葉に詰まった後、少し寂しげな笑みを浮かべた。
「あいつ今家族んとこ。だから携帯なんか見てる暇無ぇって」
あいつ、というのが誰を指しているのか泉は明確に西広に伝えたことは無かったが、最早公然の秘密状態になっていることを理解していた泉は、それ以上口を開かなかった。

そんな泉の様子に、西広は大人びた笑みを浮かべて肩で泉の体を小突いた。
「明日の朝になって、メールが入ってるのを見たとしても、向こうは嬉しいと思うけど?」
山の中とはいえ、アンテナが何とか立っていることも知っていた西広は、無言で抵抗する泉を促す為に、もう一度肩で泉の体を押しやると、観念したかのように泉は二つ折りのそれを広げて、慣れた動きで操作した。
その短い動作が終わるや否や、ぱくんと音をさせて携帯を閉じた泉に、西広が首を傾げた。
「何だよ……」
「送った?」
「送っ……」
泉が肯定を口にしようとした瞬間、マナーモードにしていた携帯が、無音のまま着信を知らせる為にブルブルと振動し始めた。
慌てて手元のそれをもう一度広げてディスプレイを確認した泉の頬が、夜目にも赤くなっているのを見て取って、西広は必死になって笑を噛み殺した。





(2008.7.21)
兎美様20000hitリク、西浦ーぜで王様ゲーム。DLFです。
色々と試行錯誤の結果、迷走甚だしい感じが……普段のCP達と、それを取り巻くメンバーの様子はこんな感じじゃないかなぁと。
素敵なリクを頂いたにも関わらず、生かしきれずに本当に申し訳ありませんでした!(土下座)