車の中でキスをしよう







到着ロビーからフロアに出た瞬間、すぐに気づいた。
俺の特別な目は、きっと何万人の中からだってその人を見つけ出せる自信があるけど。
それより何より、俺の恋人は人目を惹くんだ。

(花井―――)

オフホワイトのタートルネックにジーンズ、黒のコートなんていうシンプルな服装だけれど、背が高くてスタイルがいいから、すごく様になってる。
一緒に歩いてると女の子がよく花井を振り返るもんな。
その花井は確か月末が締め切りだって言ってたのに、わざわざ迎えに来てくれたのか?

本当はすぐに駆け寄りたかったけど、その前にファンに掴まってしまった。
だって、今時珍しく野球帽を被った男の子に「サインしてくださいっ」なんて言われてペンと色紙を差し出されたら、断れないだろ。
それに、ファンを大事にしないと花井は怒るんだ。
「ファンに感謝できないプロは、プロじゃない!」って。
みんな、お前を応援するためにお金を払って、自分の時間を使って見に来てくれるんだぞって。
俺はなるほどその通りだと思うから、出来る限りファンサービスをするようにしてる。

でも。
でも、今日は、ちょっとだけファンにイライラしてる。

だって花井が迎えに来てくれてるのに。
マスコミに目をつけられたら嫌だからって、球場に来ることさえ稀な花井が、ほらそこに。


ファンの皆さん、マスコミの皆さん、ごめんなさい。
次はもっとファンサービスしますから。


「花井!!」

俺はでっかくて重いバッグを担ぎ直すと、花井めがけて走り出した。



・・・な、の、に、だ。

花井は俺の顔見ていきなり逃げ出しやがった。

なにそれ、どーゆーこと?
俺を迎えに来たんじゃないの、なんで俺の顔見て「げ、しまった」みてーな面すんの! ?

「うわっ、なんで逃げんだよっ!?」

俺の声聞こえるくせに、無視するし。
っていうか、俺が追いかけて走り出すのを確認すると、さらに走るスピードを上げる。

「ちょ、花井!!てめっ……」

俺は本気でムカついて走りだしたけど、革靴にスーツ、おまけにでかくて重たいボス トンバッグを担いでたりして、思いっきり不利!
エスカレータのところでも、前に大きなスーツケースを持った人が乗っていて、上手く追いかけられないし。
その間に花井はすいすいと登って、駐車場のほうへと向かってフロアを駆け抜けていく。

だー、ちくしょう、ちっと待てって!!

俺はなんとか前の人をかわして、荷物をぶつけてすみませんとか大声で謝りながら、必死でエスカレータを駆け上がる。
まだキャンプやってんのかってくらいの全力疾走。

花井め、お疲れの俺をこんなに走らせてどういうつもりだよ?
覚悟は当然できてんだろうな!

走りに走って(何事かと驚いてみんな振り返ってたけど、知ったこっちゃねえ)、車に乗る寸前の花井を捕まえて。
肩を引っつかんで振り向かせて、驚く花井の口を俺の口で塞いでやる。
少し開いていた唇の隙間から舌を捻じ込んで絡めて、思い切り吸ったら花井が苦しそうにくぐもった声をあげるけど、知らねえ。

「ん……ぅ、んむ……。ぁ、ふ……」

花井の体を車に押し付けて、逃げられないようにしたまま唇を好きなだけ貪った。
最初は抵抗していた花井の体から力が抜けて、膝から崩れそうになったから腰を掴まえて立たせたままにする。

こんなもんじゃ許してやんない、もっと、もっといるんだ。
花井が、梓が、俺には必要なんだから。

細い腰を抱え、散々梓の口腔を舌で舐め、梓の舌を噛んで唾液を啜って1ヶ月ぶりの梓をたっぷり味わっておいてから、俺はようやく唇を離した。
途端、乱れた息を整えるように梓が真っ赤な顔をして大きく息を吐く。
走った後にディープキスだもんな、そりゃあ苦しいだろ。
でも、ごめんねなんて言うつもりはねーけど。

「……逃げんなよ、あずさ」

なんで俺を置いて行こうとしたの?
俺に会いに、俺を迎えに来てくれたんじゃねえの?

……俺、なんかしちまったか?

拗ねるのと同時に、不安になって俺は梓の目を覗き込むようにして尋ねる。
高校の頃よりぐっと近くなった俺らの距離……でもすれ違う時間は昔よりずっとずっと増えたから、心配事が無くなったわけじゃない。

一つ一つ積み上げた関係や信頼も、ほんの些細なことで崩れそうになるって俺は知ってるから。
そしてもし崩れてしまったら俺もお仕舞いだって、分かってるから。

だから俺は絶対に梓を離したりしないし、逃がさない。
逃げるならどこまでも追いかけて、追い詰めて、閉じ込める。
そんで壊れるまで梓を抱いて、逃げられないようにしてやるんだ。

……そんな風に考えてしまうほど、俺は壊れてるんだから。

だからどうか、お願い。
俺から逃げたりしないで。

俺に梓を優しく愛させてください―――。








「猫の落書き」の大猫様FDLテキストを頂いて参りました!
素敵な大人タジハナですv拙サイトのタジハナを読んだ後にこれを拝読してしまうと、本当に涙が出ます……ううっ今度は幸せな二人を書きたいです(;;)