Liar Silenter 気が付いてくれ。 振り向いてくれ。 俺を見てくれ── 俺は── まどろみなんて物は無く、その瞬間にすっきりと意識の晴れる自分の寝覚めに、俺は感謝と諦念の入り混じった溜息を吐いて上半身を起こした。 まだ暑い時期の為、ドライに設定したエアコンの低い唸りを停めながらベッドから下りると、もう今日の練習の事に考えを巡らせる。 俺自身の練習メニューにじゃない。 大事な相方── 大切なピッチャー、三橋の練習メニューだ。 今年の夏大の最中に負った膝の怪我もどうにか治り、練習に本格参加するようになってから数日、今は秋大に向けての練習が追い込み時期に入っている。 「ほら、タカ!ご飯食べるなら携帯片付けなさい!」 「あー」 朝からテンションの高い母親の小言をやり過ごしながら、俺は三橋宛にメールをしたためる。 夏の過酷な大会中から毎日のように送っているそれは、三橋の体重チェックの為のものだった。 夏大最初の予選試合、確かに体力的にも精神的にも辛い試合だったけど、そのたった一試合で3キロもの体重を落とした投手の体重チェックは、その試合を終えた翌日からもうずっと日課になっている。 俺の打つ簡素なメールには、いつも同じように簡素な、タイトルに挨拶、本文にはその日の体重だけが書かれたメールが返ってくる。 「あんたもマメねー」 「……仕方ねーだろ、仕事なんだから」 「あんた気をつけなさい?もしそれお嫁さんに言ったら捨てられるわよ」 「はぁ?」 山盛りにご飯を盛った茶碗を俺の前に置いた母親の言葉に、俺は思い切り顔をしかめた。けど、俺のそんな様子なんか気にも留めねぇ母親は、さっさと食器棚に向かって汁碗を取り出し、コンロの上で湯気を立ててる鍋に向かった。 嫁……悪ぃけど、それは無いわ。 俺はそうと気付かれないように溜息を吐きながら、携帯を足元に置いていた鞄に片付けて箸を手に取った。 「いただきます」 頭の中で「うまそう」と唱えてから手を合わせて声を出し、茶碗を手にとるとさっさと飯を掻っ込んだ。 俺が食ってる横で、いそいそと弁当を詰めてくれてる母親の姿を横目で見ながら、俺は心の中で小さく詫びを入れた。 なにせ、俺は今男──大事なピッチャー三橋を相手に片思いの真っ最中だからな。 我ながら本当にどうなんだろう?と頭を捻る。 俺にそんな性癖があったなんて気付いた時には、心底慌てて混乱して、そんな事を考えるたびに、人目の無いところで壁に何度も頭を打ち付けてた。 男が男に惚れるっていう世界があるのは知ってる。 性格とか背中とか、精神論的なモンじゃなくて、普通なら男と女がするような事を、男同士でするような、いわゆる恋愛関係になる世界っていうものだ。 前の自分なら心底嫌悪しただろう筈なのに、その泥沼に、今は自分で囚われてる。 何が原因なんだ?と考えを巡らせてみても、答えなんかどこにも転がって無い。最初は、付き合いにくいウザい奴だった筈なのに、あいつの努力と才能に気付いてからは、どんどん自分が変わっていった。 それは自分でも恐ろしい程に。 モモ監や、シガポに言われたからだけでなく、積極的に三橋の調子に気を配り、部活中だけでなく、授業中もいつの間にか三橋の事を考えている事が多くなった。 そしてあの日── 「アウト二つ、取って、くるよ」 怪我の痛みより何より、掴んだ三橋の手を離したく無かった。 大事な右手。 怪我をしてしまって、試合に出られなくなった俺の不甲斐無さを、三年間、怪我も病気もしないと誓った約束を、反故にしてしまった事すら責めず、ただ、怯えの中に強い光を宿した目で、たった一人、孤独な場所へと戻って行かなければならないあいつを、あんな寂しい場所へと戻らせたくなかった。 だから、頭のどっかで手を離せと叫ぶ冷静な自分を押し込めて、俺はあいつの腕を掴んだ手に強く力を込めた。 日差しと体温と、それまでの疲労で熱を帯びた細い細い腕。 誰も真似できないような努力を、たった一人で積み重ねて来た手。 シニア時代の嫌な思い出を払拭してくれた、神様か何かが俺の前に連れてきてくれた、大事な投手。 けれど、冷静な俺がそれを叫んだ瞬間、俺は掴んだ手を離した。 去っていく三橋の背中を見送りながら、自分の中にいつの間にか育っていた想いに、思わず小さく息を呑んだ。 三橋を行かせたくないんじゃない。行って欲しくないんだ。 俺は、三橋にずっと側に居て欲しいんだ。 そう気付いた瞬間、俺は自分の気持ちを封じ込める事に決めた。 俺が居ないと駄目だ、と言ってくれたけど、あの後も、田島とバッテリーを組んで投げていられた。けれど、そんな事は本当なら当たり前の事だ。 選手層の厚い学校なら、もっといろんな奴を相棒に投げなければならない。 俺もそれを望んでいたのに、いざその場面を迎えてみれば、俺の方こそが無様に動揺し、嫉妬し、不安になった。 こんなんじゃ、三橋や、この西浦のメンバーで野球をやる資格なんか無い。 同じチームの仲間相手に敵意を持つような奴が、チームの要になる捕手を、務めて良い訳が無ぇ。 考えながらでも、朝から綺麗に平らげた後の食器を、もう一度手を合わせてから流し台に持って行って片付けると、俺はすぐに家を出た。 夏大前程早い時間じゃないけど、その頃と同じくらいの明るさの空の下、朝錬に向かう為に自転車に跨ると、俺は勢い良くペダルを踏み込んだ。 今日の練習からは完全復帰だ。 昨日までは、復帰直後という事で監督から捕球練習は止められてたけど、今日の朝錬からはブルペン入りを許可されてる。 自然と気負うからか、ペダルを踏み込む足は回転数を上げて、まだ練習開始時間には大分早い時間にも関わらず、俺はグラウンド目指してひたすら進んだ。 昼間はまだまだ暑いけど、朝はそれ程でもなくなってきたこの時期の所為か、静まり返った住宅街を抜けて、直接グラウンドに向かうと、ベンチの近くに佇む練習着の先客があった。 珍し。いつも俺か花井が一番乗りなのに。 俺は遠目に見えた、坊主頭ではない人影を気にも留めず、自転車を停めて荷物を持つと、扉を潜ってグラウンドに足を踏み入れた。 「ちーっす」 「おはよ、う!」 「……三橋?」 グラウンドに入るなり掛けられた声の主は、いつもならもっと遅い時間に来る筈の三橋だった。 夏大で色んな経験をした所為か、最近傍目にも判る程身長が伸びた所為か、俺の目を真直ぐ見るようになってきた三橋は、俺が目を丸くしているのを見て笑顔を浮かべた。 「今日は、ちょっと早く、目が覚めたんだ。だから、グラウンド来たけど、まだ、誰も居なくて……」 余程早く来ていたのか、練習着に着替え、いつもの訥々とした調子で話し掛けてくる三橋に、自然と愛おしさが込上げてくる。 ただ、それを表に出さないようにと強く握った拳の中では、少し伸びていた爪が掌に食い込んでいた。 「俺も何か、今日は早く来ちまった。やっぱ、今日から捕球練習出来るからかな」 三橋から目を逸らし、ベースを振り向くと、視界の端に三橋のふわふわした頭が振り上げられたのが見えた。 「あの、阿部、君!」 「駄目だ」 振り向きもせず低くそう言い放つと、それだけで三橋はびくりと肩を竦める。 「まだ、何も……言って、ま、せん……よ?」 あんだけ嬉しそうな顔して、俺が捕球練習っつったのに食いついておいてよく言うよ。 「お前の考えそうなことなんてお見通しなんだよ。時間があっても、座っては捕らねぇかんな」 ああ、くそっ、やっぱ俺、三橋に甘いよなぁ…… 「座らなければ、良い?」 普段はトロいくせに、こういうちょっとした事に敏い三橋は、俺の言質をとったことに気付いて、きょろきょろと泳がせていた目を真直ぐにこっちに向けるや、きらきらと輝かせた。 「次、誰か来るまでだかんな」 「うん!」 子供みたいに頷いた三橋が、いそいそとグローブを取りに行く後姿を見送って、俺は自分の中の衝動に、必死になってブレーキをかけていた。 いくら、他人からの好意に飢えている三橋でも、男から告白されて気分が良い訳は無いよな……それに、俺がそんな事言ってみろよ、絶対ぇ自分の投げた球を捕ってもらう為に、とか思って、嫌でも頷きやがるに決まってる。 そんな事、させたくねぇし、して欲しくもねぇ。 俺は自分の荷物をベンチに置いてミットを取り出すと、左手に嵌め、右の拳を打ち当てて感触を確かめる。それから、先に準備を整えて距離を取っていた三橋に向かって、ミットを掲げて見せた。 別に何も言わなくても、それであいつは充分理解する。 三橋は嬉しそうな気配をさせながら、細い腕をゆっくり回して、山形の弧を描くように白球を投げ寄越す。 ああ、いつもの投げるのが好きだっていう球だ。今日の調子も、何も問題無ぇみたいだな。 朝錬で少しと、放課後の練習でしっかりと捕球練習を重ねた俺は、三橋の調子の良さと、自分の回復に満足していた。 「それじゃあ阿部、部室の鍵、頼むな」 「おお」 先に帰り支度を終えたメンバーが、空腹を押さえきれずにさっさと部室を出て行くのを、俺は声だけで見送った。 練習が終わった後、三橋と二人で打ち合わせをした後に監督に呼ばれて話し込んでいた俺は、他のメンバーに大きく遅れて部室に入った所為で、今日は一番最後になった。いや、最後、ってのはちょっと違うか。 部室に誰かが持ち込んだパイプ椅子に座って、三橋が眠ってる。 壁に寄りかかるようにして右手にボールを持ち、薄く口を開けて寝ている姿はホントにガキみてぇだ。 一生懸命、必死になって遊んで、糸が切れたみたいに眠っちまう。 先に帰った花井達によると、着替え始めてすぐに船を漕ぎ出したので、最後に残るだろう俺に起こすように頼んでおくから、少し仮眠を取れと言ったらしい。それに素直に応じた三橋は、椅子に座り込んで一息つくが早いか、速攻で爆睡体勢に入ったって事だった。 今日は早くに目が覚めたとか言ってたから、電池がいつもより早く切れたって事だろうな。 俺は帰り支度を整え終わると、気持ちよさそうに眠ったままだった三橋に近寄り、僅かに躊躇った後、そっとその肩に触れた。 「おい、三橋。そろそろ起きろ」 肩を揺らして促してみたけど、吐息にまぎれて変な声が零れただけで、目を開ける気配は全然無かった。 そうだよな……こいつ、一回寝るとなかなか起きねぇんだよな…… 俺が溜息代わりに鼻を鳴らすと、乾いた音が足元から起こった。 見たら、三橋が持っていた白球が手から零れて、部室の床の上を転がって俺のつま先に当っている。 まだ眠りは深いだろうに、ボールを失った右手の指先がぴくぴくと動いて、俺は口元を緩めた。 三橋にとって、自分の居場所を作ってくれた、大事なアイテム。 どれ程辛い時でも放せなくて、いつしかよすがとなったそれは、俺にとっても、三橋と出会う切欠になった物だ。 俺はしゃがみこんでボールを拾い、三橋の手にそれを戻してやろうとした。 その時、三橋の手が、俺の目線の上に重なった。 三星相手の練習試合の時、初めて握った。 試合の前や最中に、何度も触れてその日の調子を確かめた。 三橋が重ねた投球の為の努力が、如実に現された右手── 何かを思うより先に、手が伸びていた。 時々爪のチェックをしたりしているから、触れる事には何の抵抗も無い。 でも、今の俺の中にある衝動は、普通ならやらない事だ。 まだ寒い時期じゃないし、寝ている所為か、温かい三橋の指の腹や掌に、添えた俺の左手の親指をなぞらせて、あちこちのタコを確認する。 そうして触れながら、俺は熱くなった目から涙が零れそうになるのを自覚した。 いつもなら慌てて堪えるとこだけど、今は誰かに見咎められる心配は無い。部室に居るのは寝ている三橋と俺だけだ。 「俺も、同じなんだよ三橋……」 言葉と一緒に、溢れた涙が一筋、俺の頬を伝って落ちた。 俺の場合は一人だけだったけど、認めてもらいたくても認めて貰えなかった。 あの人──榛名に壁呼ばわりされてからずっと、自分という存在を見てもらいたくて、認めてもらいたくて足掻き続けた。 そうして、周囲の人間は俺を見てくれるようになったけど、榛名は最後まで、どっかで俺を認めてはくれなかった。 そして、悔しさで一杯だった俺は、自分から色眼鏡を掛けて投手を見るようになって、三橋と出会った時も、技術は認めても、三橋自身を認める事は無かった。 けど、今ならもう分かる。 俺が認めないから、相手も俺を認めないんだよな。 いくら分かりやすい事象があったからといっても、俺の事をすぐに認めてくれた三橋に、俺はあの時、本当なら感謝すべきだったんだ。 なのに、傲慢だった俺は三星戦のあの時までお前を認めず、その後も、どっかいい気になってた。 怪我はきっと、そんな俺への罰だったんだな。 俺が居なくても、立派に投手を務められるお前を見て、自分の卑しさに気がつけっていう戒めも込みで、きっと野球の神様か何かが痛ぇ思いをさせてくれた。 そうして、やっと認められたお前への尊敬の念と、新たに芽生えた想い。 俺は、俺を構成するもの全てを三橋に捧げて、西浦での三年間を過ごす。 お前がプレイしやすいよう、お前を傷つける事の無いよう、できる限りのことをする。 だから、お前の側に居る事を許して欲しい。 お前が欲しくて堪らないなんて、不埒な想いを抱いている相方だけど、きっとお前にばれ無いように上手くやれるはずだ。そして時々、こうして調子を見るためや、気の迷いを起こして触れてしまう事を許してくれ。そして、卑怯な行動に、気付かないでくれ。 自分の言い訳に自嘲の笑みを浮かべながら、俺は三橋の右手をそっと持ち上げて、その掌の緩やかな窪みに自分の唇を軽く押し当てた。 「……俺を認めてくれてありがとう、三橋……好きだ……」 手のひらに刻み込むようにそう言うと、三橋の体が小さく震えて、俺は慌てて顔を上げた。 でも、目が覚めた訳じゃ無ぇみたいで、瞼は閉じられたままだった。 そういや、練習の後そのまま寝たんだよな。もしかしたら汗が引いて、体が冷えたのかも知れねぇ。 俺は立ち上がると、自分の鞄の中にある筈の半袖のカッターを探すために、ロッカーにまだ入れたままだった鞄の中身を漁った。 ホントは起こそうかとも思ったけど、今の俺の顔を見られたくなくて、顔を洗ってくる間は寝かしておいてやりたかった。 だからその間少しでも冷えないように、三橋の肩に掛けておいてやろうと思って、目的の物を取り出そうとした瞬間、Tシャツだけの俺の背中に、柔らかな温もりが広がった。 何が、と思う間も無く、脇から差し入れられた手が背後から伸びてきて、俺の胸元を掻き抱く。 言葉なんか出る訳無ぇ。 いつ起きた?ってか、今のこの状況は何?俺いつの間にか寝たか? 何とか落ち着いて、せめて体を自由にしたかったけど、俺の背中から抱きついてきた三橋は、そのまま暫く動かなかった。そして、こっちが少しでも身じろぎしようものなら、ふるふると頭を振って、駄々をこねる子供のように、俺の背中に頭を擦りつけた。 「阿部、君」 ようやく聞き取れるくらいの三橋の声に、俺は肩をびくりと震わせた。 「三橋、お前起きて……」 たのか?くそっ!なんであんな事やっちまったんだ俺!こんな俺の気持ちは、ずっと隠して置くって決めてたのに!いや、待て。もしかしたら、何か怖い夢でも見て、飛び起きただけなんじゃねぇのか? 「怖い夢でも見たのか?ほら、起きたんなら帰るぞ」 俺は平静を装い、頭の中で「落ち着け」という言葉を繰り返しながら、背中に感じる三橋の体温に、心拍数を上げていく心臓の音にくらくらとしていた。 何とかして三橋の腕を解かせて、ここを出ねぇとヤバイ。 「ほら、三橋。いつまで引っ付いてんだよ。俺もいい加減腹減ったしさ……」 「阿部君、ずる、い」 俺の嘘を見抜くかのような三橋の声に、心臓が一際大きく跳ねる。 「な、に……」 「阿部君は、俺、を試してる?」 三橋の言葉に、俺の頭に疑問符が浮かぶ。 試す?俺が三橋の何を試すんだ?試されるなら俺の方だ。そして今まさに、俺の理性と自制心、それから我慢の限界を試されてる。 「阿部君は、凄いから、俺の気持ちなんて、分かってるん、だよ、ね?」 三橋の、気持ち? 珍しい三橋からの問い掛けに、少し首を捻った。 「俺が、阿部君の事が、好きだっていう、気持ち……」 俺は大きく息を呑んで、体を強張らせた。 「捕手として、だろ?」 震える声でそういうと、三橋の腕に、僅かに力が込められた。 「違う、よ」 三橋も、震える声でそう囁いた。 「違わねぇよ……分かってねぇな、お前。お前が好きなのは、投げる事だろ?そんで、俺が捕手だから勘違……」 「ちが、う!」 普段は聞いた事も無いような強い口調でそう言いきると、三橋は腕の力を緩めた。 俺は反射的に体を回転させて向き合う体勢にすると、三橋の両方の二の腕を掴んで少し距離を取り、僅かに伏せられた三橋の顔を覗き込んだ。 「だから勘違いっつってんだろ。友情を履き違えてるだけだ」 「そんなこと、無い。俺も、一杯、いっぱい考えたんだ!」 顔を深く伏せてそう叫んだ三橋の目から、涙がぽろぽろと落ちる。 もう止めてくれ三橋。これ以上、俺を試さないでくれ。頼むから、お前は日の当る道を進んでくれ。そして、俺にお前を傷つけるだろう言葉を言わせないでくれ…… 「ずっと、黙ってよう、って思ってたのに……阿部君は、ずるい。そんで、全然、分かって無い」 「分かって無ェのはお前だ三橋。男同士で恋愛なんて、ありえねえだろ。お前、野球辞めたいのか?周りにばれてみろよ、そうしたら……いくらやりたくても、野球……ピッチャーも出来なくなんだぞ?」 言いながら、自分の言葉で血が出るかと思った。 そうだよ、ありえねぇ。俺は三橋とずっと一緒に居たいんだ。だから、三橋をそんな目に会わせちゃ駄目なんだ。 「俺は、お前の事なんか嫌いだよ……投手やる気の無ぇお前なんて……」 三橋の頭すら見れなくて、俺は顔を思いっきり背けると、ギリギリと締め付けられる胸から、なんとかそれだけを搾り出して、三橋の腕を解放した。 緊張していたからか、掌には汗をかいていたのに、指先は自分でも判る程冷えて、震えていた。 ああ、俺、今自分で自分に引導を渡しちまった。 「阿部君」 静かな声がして、俺は振り向いてしまった。 俺の視線の先には、三橋が涙に濡れた目を真直ぐにこっちに向けて立っている。 穏やかなんだけど、マウンドの上で見せるものとは違う強い意志が閃いて、俺は射竦められた。 こんな顔もできるんだな、三橋。 こんな、俺の浅はかな思いなんて全部お見通しみたいな、綺麗な顔。 「うそつき」 泣くのかと思ったその口元に、微かな笑みを刻んで呟かれた言葉を理解するより早く、三橋の体が俺に向かってきて、ロッカーを背にしていた俺は、自然、三橋を抱きとめる形になった。 「み……」 放せと言おうとした瞬間、三橋の柔らかな唇がそれを押し止めた。 薄く開いていた俺の口に侵入してくるものがあって、俺の思考は完全停止する。 反射的に侵入者を迎え入れるように吸うと、三橋の体が震えた。 全身の肌が粟立ち、俺は自分から三橋の細腰を抱き寄せると、無我夢中になって三橋を貪り、許されると思わなかったキスの感慨に耽る間も無く、足から力の抜け始めた三橋につられるようにしてして膝立ちにたった。 どれ程互いを求め合ったか、呼吸のために唇を放すと、熱を帯びた目に涙を浮かべながら、三橋はどこか放心したような、あえやかな笑みを浮かべて俺を見た。 「うそ、つき」 「黙れ」 三橋の目に、楽しむような表情が浮かぶ。 「うそつき」 「黙れってんだろ」 俺は離さなければならない筈の三橋の体を離せずに、お互い自身が反応し始めているのを感じて、全身がかっとなった。 三橋も分かってるんだろう。あえやかな笑みを、誘うようなものに変える。 「じゃ、あ、黙らせて」 もう駄目だ。 「後悔すんなよ」 自分で驚くほど低い声で言うや、俺は獣の獰猛さで三橋の唇を音を立てて堪能しながら、三橋のベルトに手を掛け、三橋が俺の首に回した腕が誘うままに、部室の床の上にゆっくりと倒れ込んだ。 酷く現実感の無い幻のようで、でも、互いの心臓の音や、体の温度、触れた感触が否応無しにこれは現実だという事実を突きつけてきて、俺は唇を離すと小さく舌打ちした。 「阿部君」 俺に組み敷かれて腕を広げていた三橋は、顔の両脇に腕を突いた俺のTシャツの裾を引っ張った。 止まるなら、きっとここが最後のポイントだ。 「あべ、くん」 三橋がこめかみに涙を伝わせながら、もう一度俺の名前を呼んだ。 俺は一度上半身を起こして、三橋と距離を取った。 その瞬間、三橋にはっきりと、けど今日始めて怯えの色が浮かぶ。 大丈夫だ三橋。お前だけに辛かったり、嫌な思いをさせたりはしねぇ。 俺達はバッテリーだからな。 俺は自分のシャツを脱ぐ為に裾に手をかけると、一気に脱ぎ去った。 地獄に堕ちるなら。 「一緒に堕ちようか。三橋」 俺の言葉に、三橋は安心したように微笑んだ。 アミ様1384キリ番リクエスト。阿部→三橋から両思いになる切ないアベミハ。 こ、こんなの出来ました……どうでしょうか?まさか三橋が襲い受けになるとは……自分的新境地です(笑)アミ様のみDLF。 |