caution!



以下のテキストは、タジハナは絶対共白髪になるまで、元気に幸せに暮らしていると信じて疑わない方は
                    ご遠慮下さい。
                   見れば後悔します。
        それから、怪我等の描写が苦手、とおっしゃる方も、一度お考え下さい。
  それでも読んでやっても良いよ、とおっしゃって下さる方は、御自分の決断に責任を持ってください。


























           本当に良いのですね?




















memento





待ち合わせに指定された店に入ると、阿部は店内をちらりと見渡した。
大学も卒業し、社会人となって数年、年に最低一回は会っている友人、というより仲間という意識の強い相手を探すのに、苦労はしなかった。
「急に呼び出しやがって、何の用だよ」
「悪ぃな、阿部」
街中のこじんまりとした居酒屋の座敷席、お品書きに目を通していた相手にそう声をかけながら近付くと、スーツを着込んで座っていた相手──花井は、困ったように笑いながら詫びた。

阿部が来るまで待っていたらしい花井は、早速注文を取りにきた店員に向かって料理を注文し始めた。
「阿部は?」
「いらね。お前の分ちょっとつついてすぐ帰る」
ウーロン茶だけ注文した阿部は、上着も脱がずにそう言って付き出しに出された小鉢に箸を付けた。

週末の夜、本当なら真直ぐに家に帰りたいところなのに、西浦高校硬式野球部初代主将たっての頼みとあって呼び出しに応じたのだが、何の用なのか見当がつかず、阿部は花井の顔をただ無言で見た。
「阿部……頼むから言いたい事はちゃんと口で言ってくれよ……」
「三橋以外には面倒」
さっくりと答え、突き出しのきくらげと枝豆の白和えを綺麗にさらえてしまった元チームメイトに、花井は盛大な溜息を吐いた。
「相変わらず三橋一途なんだな」
呟きながら、高校時代のバッテリーの姿を思い出した花井は、懐かしい情景に口元を綻ばせた。
「何言ってやがる。お前だって田島一筋のくせに」
照れ隠しの為の渋面を作って見せた阿部に言い返されて、花井は思わず頬を赤らめた。

「……いい年して、頬染めてんじゃねぇよ」
「水向けたのはお前だろ!?」
慌てて声を上げた花井は、飲み物と料理を幾つか運んできた店員に向かって、誤魔化すように笑いながら、品物を受け取った。
「それでだな。ちょっと頼みがあんだよ」
花井はテーブルの上にそれらを並べ終えると、言いながら傍らに置いたスーツケースの中から、白い封筒を一枚取り出した。

「これを預かってて欲しいんだ」
テーブルの上を滑らせるように差し出された、少し厚みのあるそれは、表書きはなされておらず、阿部は眉根を寄せた。
「金か?」
「んな訳あるか!手紙だよ手紙!家に置いとけないんだよ……田島に見つけられる訳にはいかねンだけど、あいつ、変に勘が良いからな」
言いながら花井が浮かべた優しい微笑に、阿部は鼻を鳴らした。

高校一年の春に出会ったこの仲間は、その時一緒に出会ったチームメイトであり、今はプロの世界で野球を続けている田島と共に暮らしている。
阿部自身、当時からバッテリーを組んでいた投手、三橋と共に暮らしている為、同性同士という事に抵抗はない。というより、自分達に悪影響が無ければ、周囲の事など構いはしないと言った所だった。
「で、田島に見つかるとまずい手紙を、何で俺に?」
阿部がウーロン茶を啜りながら尋ねると、花井は困ったように笑った。

「俺と田島の事を良く知ってて、なかなかくたばりそうも無い奴、って思ったら、お前が浮かんだんだ。頼まれてくれねぇか?」
「……期限はいつまでなんだ?」
阿部の言葉に、花井は僅かなためらいを見せた後、まるで冗談でも言うかのような調子で口を開いた。








「『俺が死ぬまで』、か……」
「起きた?」
傍らから掛けられた声にそちらを振り向くと、運転席でハンドルを握っている大切なパートナーが、こちらを向いていた。
「悪ぃ。運転変わる」
「ううん、もう、着くから大丈夫だよ」
話しながら、前を向いてしまったパートナー、三橋廉の表情は固い。
ゆっくりとアクセルを踏み込む気配がして、微かな負荷が体に圧し掛かる。

阿部はジャケットの内ポケットに仕舞い込んだ封筒を取り出すと、まじまじとそれを見つめた。
取り出したそれは、今しがた夢で見ていた時に託された物だった。
少し古ぼけた感じがするそれは、当時のまま、封がされている。
「ったく……夢見が悪ぃ……」
小さく呟くと、傍らの三橋も運転に意識を向けながら、纏う気配に悲しみを滲ませる。

つい一時間程前、二人で暮らす家に届いた知らせに、取るものもとりあえず飛び出してきたが、これだけは絶対に忘れてはならないものだった。
「縁起でも無ぇ物準備するからだ。馬鹿野郎……」
まだ十年も経っていない昔、花井から託された物。
それは彼の遺書だった。



地元の高級マンションの一室の玄関前に立った阿部と三橋は、インターフォンを鳴らすと、了解を取る前に扉を開けた。
「すみません、来て頂いてしまって」
玄関で出迎えてくれた、亡き人と似た面差しの女に、二人は揃って小さく頭を下げた。
「この度は……」
「いえ、何と言って良いか……私より……」
阿部の言葉を遮ったあすかは、そう言って背後を振り返った。
それに促されるようにして、阿部と三橋も部屋の奥へと顔を向ける。

「やっと、少し落ち着いたんです。でも、もう、見ていられなくて……」
語尾震わせたあすかは二人を招き入れ、この部屋の家主であり、彼女の兄のパートナーであった人物の元へ二人を案内した。
「悠兄ぃ。お客様だよ」
最奥にある寝室の扉をノックして開けると、あすかはそう言って中に声をかけた。
だが、中に居た人物、田島は、糸の切れた操り人形のようにベッドサイドの床に座り込み、ピクリとも動かなかった。

申し訳無さそうに二人を振り返ったあすかをかわして、三橋がするりと中へと入り、田島の横に膝を突いた。
「田島、君」
キングサイズのベッドとクローゼットの隙間に、だらしなく足を伸ばした田島は、虚ろな目のまま、傍らに現れた旧友の顔を見据えた。
「み、はし……?」
力なく掠れた声に、昔からの泣き癖が治らない三橋は、すぐに大粒の涙を流し始める。

「田島」
呼び掛けながら自身も部屋に入った阿部は、相手の憔悴振りに言葉を失った。
記憶の中にある田島は、いつも目をきらきらと輝かせ、自信に満ちていて、野球と花井に対して貪欲だった。
もがいて足掻いて、漸く周囲からの理解も少しづつ得られて、最後に花井と共に会った時には、胸焼けを起こすのではと思うほどの甘い雰囲気を漂わせていたのに、今はもう、そこに何も無い。
ただ、田島の形をした抜け殻が転がっているようにしか見えなかった。
その様を見て、胸のポケットに忍ばせた物を受け取った時の花井の周到さに、苦いものを感じた。

「お前等が、ここに来るなんて、何かあったのか?悪いけど、梓は出掛けてて、まだ帰って来て無ぇんだ……」
どこか焦点の合っていない視線で、三橋と阿部を見遣った田島は、ぎこちない笑顔を浮かべようとして、奇妙としかいえないような表情を浮かべた。
「どこまで行ったんかなぁ……待ちくたびれちった。俺……」
「田島君……!」
まるで子供のように、たどたどしい喋り方をする田島の様子に堪らなくなった三橋が、田島の首に腕を絡め、頭を抱えるようにして彼を抱きしめた。
「どうした三橋ぃ。阿部にいじめられたのか?」
「田島君、花井、君は……」

阿部はあすかを振り返った。
「会ったのか?」
その一言しか、阿部には呟けなかった。だが、あすかもそれで理解したらしく、首を小さく縦に振った。
「病院で……でも、すぐここに連れて帰って来たんです。そしたら携帯と普通の電話を壊して……それから、リビングで色んな物投げて壊した後、ここに閉じこもって……」
言われて、阿部も周囲が静かな事にやっと気が付いた。
田島は、今やチームの要になるスター選手だ。
そろそろキャンプインのシーズンでもあり、田島の身内として球団に認知されている花井の事故は、すぐに連絡が入っているはずだろう。
フロントサイドやチームメイトからの電話を、封殺したのだ。

「こっちは俺等が見てるから、一度帰ると良いよ。子供の事も心配だろ」
「ありがとうございます……少しの間、お任せして良いですか?すぐ戻ります」
今まで涙を堪えていたのだろう、言いながら涙を落とし始めたあすかを玄関まで見送ると、寝室に引き返した阿部は、花井から託された物を取り出した。
「田島」
呼び掛けの声に、三橋が緩めた腕の隙間から阿部を振り仰いだ田島は、赤ん坊のような仕草で首を傾げた。

高校時代は小柄だった体も、今や180近い身長を得、鍛えられた筋肉を纏った。
けれど、いつもなら頼もしくも見えるその体に、今は何の力も宿ってはいない。
打ちひしがれ、心は必死に現実から逃げ出そうとしている。
それは、花井が全身全霊をかけて愛した田島悠一郎では無い。そんな軽い嫌悪を感じ、そして、見越していたかのような花井の周到さに、尊敬と軽蔑に似た感情を抱いた。

阿部は仕舞い込んでいた封筒を取り出すと、田島の眼前に差し出して見せた。
「花井からだ」
阿部の声に、田島の体に電流が流れたかのようにびくりと大きく震え、驚いた三橋が体を離した。
解放された田島は、自分の体を抱きしめると、僅かに光が戻った目で、床の一点を見つめた。

「嘘だ」
軋るような声でそう呟いた田島の手に、三橋がそっと手を添える。
「嘘じゃねぇよ。花井の遺書だそうだ」
「何で……阿部がそんなもん、持ってんだ……」
傍目にも見える程、田島の体ががたがたと震え始める。
「家に置いとくとお前が見つけちまいそうだから、自分達よりくたばりそうにない俺に預けるっつってた。全く、迷惑だっての」
言いながら、空いた手で頭を掻いた阿部は、震えの治まらない様子の田島に舌打ちすると、その封筒の端に手をかけた。
「開けていいか?」

静かな問い掛けに、田島は震えも手伝ってか小刻みに頷いた。
それを見届けて、阿部はなるべく丁寧にするように気遣いながら封を切り、中に入っていた便箋を取り出した。そして、三橋の側に同じように座り込むと、几帳面に折りたたまれたそれを、そのまま田島に差し向けた。
「お前宛なんだ。お前がちゃんと読め」
「い、やだ……嫌だ!」
涙を浮かべる事すら出来ない目を見開いて、田島は大きく首を振ったが、阿部はその胸元を掴んで睨み付けた。

「手前ェ!それでも田島か!?花井は、手前ぇみてぇな腑抜けに惚れ込んでたのか?!」
「阿部君!」
あまりの激しさに慌てた三橋が止めに入り、阿部は掴んでいた手を離したが、便箋はしっかりと、田島が胸の前で交差させていた腕の隙間に捻じ込んだ。
「……花井の言葉、ちゃんと受け取ってやれよ……」
その言葉に、田島は暫し逡巡を見せたが、阿部と三橋の顔を見遣り、二人が力付ける様に頷くのを見て、漸く便箋を手に持った。

乾いた音を立てて開かれたそれに目を向けただけで、田島の顔に衝撃が走る。
「あずさ……梓の字だ……」
再び折りたたんだ便箋と二人の顔を交互に、不安に揺れる目で見ながら、田島は縋るように右手で傍らの三橋のスーツを掴んだ。
「大、丈夫。俺ここに、いるよ?」
言いながら阿部の顔を窺った三橋に頷き返してやると、阿部もまた田島に向けて手を伸ばし、鍛えられた肩に添えた。
「居ても良いなら、俺もここに居てやる」
まだ幼い子供のようでありながら、少しづつ現状を受け入れ始めた田島の様子に、阿部は肩の荷が下りていくのを感じた。

「あ、ありが、と……」
感謝の言葉を舌に乗せると、田島は小さく深呼吸をして、もう一度折りたたまれた便箋を開いた。
「田島、悠一郎へ……」
便箋の一行目に記されたその文字を読み上げた田島の目に、やっと涙が滲み始める。
だが、視線を手元に落としているにも関わらずそれは零れず、ただ眼球だけが忙しく上下して、そこに愛した人が記した言葉──想いを辿った。
そうして、一枚目をめくり、二枚目、三枚目と目を通した所で、田島は悲鳴のような嗚咽を漏らし、二の腕に顔を埋めるようにして顔を伏せた。
「田島君……」
三橋が再び覆いかぶさるように田島を抱きしめると、田島はとうとう声を上げた。

「何で……!何で、駄目なんだよ!お、俺、あ、梓が、……ない世界なんて……俺……お、れっ!」
悲痛な声に、阿部は自分も溢れさせそうになった涙を必死になって堪えた。
「ああっ……あず……帰って、来て……俺のトコ……帰って来いよ!早く!帰……!」
続いた悲鳴に、田島が捧げ持った便箋がかさかさと乾いた音を立てた。







泣き崩れ、悲鳴を上げ続け、いつ気を失ったのか記憶は無かったが、田島はベッドの上で瞼を押し上げると、喉の渇きを覚えて半身を起こした。
目元の熱と、喉の痛みから考えると、まだそれほどの時間は経っていないようだったが、体は心の重さと相反して、ゆっくりと休息を取った後のように軽かった。
そして、寝起きの癖で、自分が横たわっていたベッドの傍らを確認してしまい、小さな溜息を漏らす。
「何だ……まだ、帰ってねぇのか……」
自分の零した言葉に、不思議なおかしさがこみ上げて来る。

そうだ、今までだって時々あった。
自分が遠征で地方に行っている時や、相手の方が家を空けている時、ベッドの傍らに彼の姿が無い事は、いくらでもあった。
そんなふうに思いながらも、大柄な愛しい人が眠っていた場所に手を這わせると、再び眼底に痛みに似た感覚が走って、枯れるほどに流したと思ったものが溢れた。
「梓……っ!」

深夜近く、本当なら翌日に所要で出かけた先から戻る筈だった。
けれど、何故だか早く帰りたくて仕方が無くて、用事を切り上げて電車で戻る途中、最寄り駅のホームで思いがけない人からの電話が掛かってきて驚いた。
相手は花井の父親だった。

花井が大学を卒業して暫くした後、二人で共に暮らす事を決め、自分達の関係を全て話した時、あまりの衝撃に顔面を蒼白にし、自分の事を化け物でも見るかのように見たその人と、ゆっくりと話す事が出来るようになったのはつい2,3年前の事だ。
ずっと玄関払いだった田島と少しでも話せるようにと、花井が何度も何度も骨を折って、本当に少しづつだが歩み寄ってくれたものの、それでもどこかで許してくれていない様子だった相手からの電話に、後頭部で何かがチリチリと鳴った気がした。
そして、言葉を濁さず、要点だけをストレートに話す様子に、ああ、何か覚悟を決めた時の梓と同じ喋り方だと、逃避した思考は感想を浮かべた。

コンビニにでも出かけようとしていたらしい花井が、マンションのすぐ近くの横断歩道を青信号で横断中、居眠りか飲酒運転か、自動車が信号を無視して交差点に突っ込み、一般道で80キロ近くも出していたそれに、除ける間も無く撥ねられたのは、電話の三十分ほど前の事だった。
事故車はそのまま逃亡してしまい、事故の目撃者の通報で救急車が来た時には意識も無かったという。
そして、教えられた病院に辿り着いた時にはもう、医師に泣き縋る花井の母、きく江とその肩を抱く父の姿あるだけで、田島は立ちはだかって止めようとする医師や看護師達を押し退けて処置室に入り、真っ赤な色を纏った彼が、力無く横たわる姿を目にした。

その様子をまざまざと思い出し、田島は前髪をかきむしるように掴むと、手根部に瞼を閉じた目を強く押し付けた。
その後、病院の警備員等に処置室から追い出され、駆けつけたあすかにここまで送り届けられた事は、微かに覚えがあるが、そこから先は、阿部と三橋が手紙を持って現れるまで記憶が無かった。

ベッドサイドのスタンドの下にそれを見つけて、田島はゆっくりと手を伸ばした。
一体いつこんなものを書いていたのだろう、と思う。
こんな縁起でもない物、確かに見つけていたらその場で破り捨て、どういうつもりなのかと彼を問い詰めていただろう。
けれど、こうなった今では、花井の準備の良さに恐れ入る気持ちが強かった。
そして、それほどまで自分の事を理解し、愛してくれていた人物を失った苦しみと喪失感に、その場から動けなくなりそうだった。

「お邪魔、しまーす……」
遠慮がちな小さな声がして寝室のドアが開けられた様子に、田島は顔を上げた。
「あ、起きた?動ける?」
あまりに強く押さえ過ぎていたのか、視界はぼんやりと濁っていたが、それでも相手が誰だと確認する必要は無かった。
「多分……阿部も、まだ居る?」
「う、ん。居るよ。リビングのソファ、ちょっと借りた、んだ。ごめんね」
ゆっくりと、体の動きに支障が無いか確かめるように動きながら、田島に向かって謝った三橋の様子に、小さく首を傾げた。
「俺も、泣き過ぎて、寝ちゃったみたいで、気がついたら、阿部君が一人でリビング片付けてた、んだ」
昔と変わらない訥々とした話し方に、無意識に口元を緩めながら田島は、手紙に書かれていた事を思い出して、涙を零した。

「おう、起きたか田島」
三橋の背後から現れた阿部は、田島の様子に一瞬言葉に詰まったようだったが、すぐにいつものポーカーフェイスになると、準備を整えるように促した。
「もうすぐあすかが迎えに来るから着替えろ。花井を……迎えに行ってやれ」
「……うん……分かった……」
涙を拭いながら言うと、田島は立ち上がってベランダに通じる寝室のガラス扉の前にかけてあるカーテンを大きく開け放った。

まだ早朝といった時間帯だが、すでに世界は明けていて、差し込む光が泣き過ぎた目に痛かった。
自分の世界は終わったというのに、それでも他の者にとっての世界は回っていく現実に、田島は嘲るような笑みを浮かべた。
もう二度と涙は止まらない。
目に見える涙は止まっても、心の内から流れ続ける涙は、昔どこかで聞いた歌のように、百万粒を超えても止まりはしない。そして、それを沸かしたとしても、二度と彼は帰って来ない。
なにせ、彼は待っているのだから。

扉を開け放ち、冬の終わりが近付きつつある世界の空気を部屋の中に取り込むと、背後で三橋が小さな声を上げた。
「田島君、花井君の手紙……」
慌てて振り返ると、扉を開けたせいで、置いていたベッドから飛んでいったそれを、阿部と三橋が二人がかりで集めていた。
「お前、大事なモンだろが」
「おう、悪ぃ。大事な挑戦状だもんな」
悲しみを含みながらも、それでも僅かにいつもの挑むような笑みを浮かべた田島に、阿部は眉根を寄せた。

「挑戦状?」
阿部の訝しげな問い掛けに、田島は小さく頷いた。
「読んで良いよ。梓の……遺書で、ラブレターで、挑戦状」
三橋が持っていた分も受け取った阿部は、同じく怪訝そうな顔をした三橋を連れると、手紙を持ったまま寝室から出て行った。
それを見送るとはなく見ていた田島は、気合を入れるかのように、大きな手で自分の頬を叩いた。
ごつごつとした手のひらに、髭の感触を感じ取って苦笑する。
「早速怒られちまうな。無精者って」

クローゼットの中から、花井がいつも几帳面に整えてくれていた着替えを取り出すと、すぐにバスルームに向かって熱いシャワーを浴びた。
大事な人を迎えに行くのに、小汚い格好は出来ない。
けれど、目に付く全てに彼の気配や、彼との日々を感じ取って、見えない涙は次々と溢れた。
「待ってろよ、梓……俺が、でかい顔してそっちに行くまで」
宣言のような呟きは、シャワーの水音に掻き消された。







『田島悠一郎へ。
これを見ているって言う事は、俺が何らかの原因で、お前の前から永遠に消えてしまっているという事だと思う。それが事故であれ、病気であれ、お前を苦しませてしまうかも知れないと思うので、先に謝っとく。すまん。
けど、俺の方の事は全然気にすんな?それがどんな最後であろうと、きっと俺は後悔なんかしていない。
これを書いている今、実は一緒に暮らす事を二人で決めた直後だ。
お前と出会った時には、想像もしていなかった関係になったけど、俺は今までの事を後悔はしていない。むしろ、お前に負担ばっかり掛けてたんじゃないかと思う。それでも、お前から離れる事を選べなかった俺を許して欲しい。
それから、俺が居なくなった後も、絶対に野球続けろよ?お前、野球以外に打ち込めるものなんて無いだろ?ごめん、冗談。何かあるかも知れないけど、俺は、野球やってるお前が一番好きだ。だから、続けられるだけ続けて、殿堂入りするくらいの成績が残せるまで、プロの世界でやってけるように節制しろ。俺が生きてる間はそうさせてるはずだから、もしも途中で投げ出すような事をしてみろ、絶対許さねぇからな!
最後に、お前に頼みがある。あすかとはるかの事だ。
俺がどうにかなった時、二人が何をしてるのかは分からないけど、俺の分まで二人の事を頼む。
いつも口に出来ないけど、愛してる。
ありがとうは、お前が俺と同じところに来て、約束を守れたかどうか確認してから言ってやる。
じゃあ、天国が地獄か、どっちかで見てるからな。

追伸。恥ずかしくて口に出来ない事を書くと、もっと恥ずかしい事が良く分かった。
田島。俺が死んでも世界は終わらない。だから、自分で幕を引くようなことはするな。

                                          花井 梓』







色々と全部ひっくるめて申し訳ございません。
某サイトの方とのやり取りの中で、花井は例え田島を失っても一人で乗り越えられるだろうけれど、田島は、大事なものを失った時、あっさりと心臓の鼓動を止めて逝ってしまいそう。という事を言ったとき、では、それを止めるにはどうしたら良いか、とか、花井がそれに何の手立ても打たずに放って置くか、という事を考えて出来ました。
タジハナテキストなのに、アベミハが出張ってしまいましたが、彼等以外に西浦ーぜの中で適役を見つけられなかったので……本当に色々ひっくるめて、ごめんなさいー(汗)