なかよしこよし いつもの昼時、目の前に差し出された紙袋に、俺は差し出してきた相手──浜田の顔を見上げた。 「何これ?」 「ハッピーバースデーいずみー!」 恥ずかしいくらいの笑顔でそう言った浜田は、弁当や食堂のパンを持って寄ってきた三橋と田島同様、きょとんとした顔の俺に、ちょっと気落ちした顔になった。 「何だよー自分の誕生日忘れてる訳じゃ無ぇだろぉ?」 まー、確かに忘れてません。でも、まさか俺は何も言ってないのに知って……じゃない、覚えてるとは思わなかった相手に祝われて、ちょっと照れ臭いんですが、何か? 「何だよ浜田―。部活の前に渡すんじゃなかったのか?」 「た、田島、君!」 「へ?うっ!やっべ」 ……なるほど……情報源はこの二人か。 田島の失言に固まってしまった三人を見渡して、俺はちょっと嬉しくて顔がほんのり熱くなった。 手に持っていたイチゴミルクのパックジュースを置いて、浜田が差し出していた紙袋を受け取ると、俺は笑顔で礼を言った。 「で?開けていいのか?」 「おう。これは俺等三人から。な」 俺の正面の席に座った浜田がそう言って笑った。 俺は紙袋を開けると、先に中身を覗き込んだ。 「タオル?」 「使える物が、良いって、浜ちゃんが言ってたから、俺と田島、君で買ってきたんだ」 「なー!んで、浜田が最後にちょっと手ぇ加えるって持ってったから、どんなになってるかは、俺等も知らねぇんだ」 「んっふふー!ちょっと頑張ったぜー?」 夫々椅子を持ち寄って、俺の両脇を固めるように座った三橋と田島が嬉しそうに言い、浜田が自信たっぷりに鼻を鳴らした。 うわっ、すげー嬉しいんだけど。 大体、男同士でこんなプレゼントのやり取りなんて、普通あんまりやんねぇし、やったとしても、弁当のおかずをくれたり、ジュースの一本くらいで済ますんじゃね?それをわざわざなんて、ちょっと俺感動してるかも。 紙袋に手を突っ込んで中身を取り出すと、真っ白いスポーツメーカーのフェイスタオルが出て来て、その隅の方に、その会社の名前やロゴではない刺繍があった。 KOUSKE IZUMI FIGHT! 小さくても、丁寧に施されたそれに、俺は正面の浜田の顔を見た。 「どう?気に入った?」 「おお。これ凄ぇ!なぁなぁ、浜田。今度俺にも!」 「浜ちゃん、凄い」 いちいち素直な感想を言う田島と三橋の肩に腕を回すと、俺は三人で頭を寄せ合うように引き寄せた。 「サンキュ、三橋、田島!一応浜田も」 「何その一応って!俺だけ扱い悪い!頑張ったのに!」 お前には後でもっとゆっくり礼を言うから、ちょっと待ってくれ。と半泣きになった浜田に向かって思いながら、俺は二人を解放し、昼飯を食べる為にプレゼントを片付けた。 それから数日して、三橋の様子が何かおかしくなった。 俺の誕生日以降、何だか嬉しそうにしてたんだけど、日が経つにつれて、目に見えて気落ちして、手には絆創膏がふえた。 阿部にそんなものが見つかったらまずいんじゃね?とか思ってたら、練習の時にはしっかり外してあって、俺はちょっといたたまれなくなった。 何があったんだ? ああ。何だか俺、急に弟が出来たような気分だ。 大体、あんな可愛い小動物みたいな三橋が、田島みたいな天然素材の元気印と一緒のクラスってのが間違いなんだよな。 浜田も居るとはいえ、田島の暴走を止めるのは結構な苦労だ。 その日も、テスト前で朝廉の無かった俺は、早くから教室で居眠りを満喫していた。 浜田の所為でちょっと寝不足だったんだけど、まぁ、誕生日プレゼントの礼だから、仕方ねぇ。 「おっす、三橋!」 一緒に登校してきてても元気一杯の浜田がそう声を上げたのが聞こえて、俺は顔を上げた。 また指に絆創膏増やしてたら、今日こそ理由を聞いてやろうと思ってたからだ。 だけど、三橋は絆創膏どころではない様子で、浜田の顔を見るなり一気に涙目になって、浜田の胸に飛び込んだ。 「は、ハマちゃん……助けて……」 「はぁ?!」 はああっ?! 眠気なんか一気に吹き飛んだ俺は、何があったのか問いただそうと席を立ちかけた時、教室の扉の向こうに阿部の姿を見つけた。 その顔は蒼白になってる。 あいつ、何かやらかしたのか? ふらふらと自分の教室の方に向かって歩き出した阿部を見送ると、まだ浜田に取り縋っている三橋の側に寄った。 「どうしたんだ、三橋。最近様子がおかしかったのと関係あんのか?」 「い、泉君……!」 俺の顔を見るなり涙を零し始めた三橋から事情を聞き出して、俺はちょっと脱力した。 俺が浜田から貰ったプレゼントを、阿部にもしたいと考えた三橋が、夜な夜な用意したタオルに刺繍をしようと挑戦したらしい。けど、練習の後だったり、テスト勉強もあったりして、作業はなかなか進まず、不器用と眠気に負けて、指を針で刺しまくって今日になってしまったらしい。 三橋がプレゼントを渡したい相手、阿部の誕生日はもう後四日程だ。 いくら器用な浜田でも、四日の間にテスト勉強をしつつあのミシンじゃなくて手でやってたらしい刺繍を仕上げるのは無理だ。 その日の午前中、色々考えた俺は、二時間目が終わるとすぐ、三橋と田島、それに浜田を呼んで俺の計画を持ちかけた。 「なあ、三橋。阿部の誕生日プレゼント、今年はバッティンググローブとかにしとけ?そんで、来年までに今年渡そうと思ってたプレゼントが渡せるように練習しろ」 俺の言葉に、三橋は残念そうにしながらも頷いた。 自分で今の状態は不味いと判断してる所為だろう。三橋にとって、阿部に怒られるより怖い事は投げられなくなる事だ。今みたいに指先を針穴だらけになんてしてたら、この先故障に繋がる危険だってある。 そんな事になってみろよ。絶対俺等に火の粉が飛んでくるっての。 まあ、そんな阿部だけど、俺等が今年の夏と秋の大会で結構な成績を残せたのはあいつの力も大きかったからな。俺からの誕生日プレゼントに良い物をやろう。 俺は呼びつけていた田島を振り返ると、秘密の相談を持ちかける為に顔を寄せるように手招きした。 面白そうな事には飛びついてくれる奴だけど、ちょっと問題あり、な行動を取ってもらわねぇと駄目だったから、俺はゆっくりと話し始めた。 「なぁ、田島。昼にちょっと7組の様子を覗いて来てくれよ」 「え?」 あ、珍し。田島が嫌そうだ。 まあ、仕方無ぇか。水谷の悲鳴メールは三橋を除く全員に回ってたからな…… 今の7組に行くのは、剣林弾雨の中に飛び込むみたいなもんだもんな。 不機嫌の極みにあるだろう阿部のいる7組なんて、俺は絶対近付きたくないけど、田島なら恋人の花井のいる7組の教室に行くのに違和感が無くて、情報収集もしっかりやってくれそうだから、是非とも頼みたい。 「何でだよ泉。理由言ってくれねぇと、俺、嫌だかんね」 「理由は敵情視察。ただ花井に俺等の計画を知られるのはまだまずいから、放課後までは話すの我慢して欲しいんだよ」 「えー!」 「その代わり、多分だけど、お前の為に慌てふためく花井の顔が見れるぞ?」 「行く!」 簡単な奴で助かった。 俺はにっこり笑うと野球部の他のメンバーで、協力を仰ぎたい人物にメールを送りつけた。 作戦実行当日、試験が終わるや否や、俺は三橋と一緒に一度グラウンドに向かい、三橋が用意した阿部へのプレゼントをベンチに置いてから、部室に向かった。 「三橋、後はお前の心の準備だけだぞ?」 「う、うん」 ここのところ、阿部のほうで三橋を避けていたから落ち込み気味だったけど、今日は絶対に阿部と話をさせてやって、運がよければずっと前に約束していた事をさせてやるって約束していたから、そこそこ元気な様子で、俺はちょっと安心した。 ずっと前に三橋としていた約束。 それは三橋の気持ちを阿部に告げられるように手助けをしてやるって事だった。 阿部も、もう少し寛大になる事を覚えるべきだよな。 すーぐ頭にきて三橋に切れる。これから先もずっとあんな調子だと、絶対頭の血管切れて死ぬよな。うん。 けど、それは俺の横で携帯を見つめている三橋には耐えられない。 三橋の望みは、ずっと阿部と一緒にバッテリーを組む事だ。 なら、俺はこいつらの兄貴分としてその望みを叶えてやらなきゃな。それに何より、三橋に気があるくせにずっとだんまりを通している阿部に、いい加減うんざりしてんだよ。俺。 あんな根性無しのチキンとは思わなかったな。 そんな事を考えているうちに、三橋の携帯が鳴り始め、一瞬俺の顔を確認するように見た三橋に頷いてやる。作戦開始だ。 花井の携帯から掛かってきた電話だが、相手はあのタレ目の性悪捕手だ。 三橋がちょっと喋ったところで横から携帯を掻っ攫い、ヘタレ野郎をからかいつつ、俺は内心この作戦がうまく行く事を祈った。 俺はこの西浦硬式野球部のメンバーが気に入ってる。 このメンバーで甲子園を目指せる三年間を大事にするためにも、バッテリーの仲はいい方が良いに決まってる。 そこに、本当ならもう一人加わって欲しかった人が居たけど、そいつもそいつなりに考えた事を実行して、俺達を応援してくれてるんだから、良しとしなきゃならないよな。 「あ、あの、泉、君」 「んあ?なんだ、三橋」 電話を切ったから、二人しか居ない静かな部室の中、三橋の携帯を返してやると、三橋が俺に向かって話しかけてきた。 なんだ? 「あの……い、色々ありが、とう!」 大きな目で真直ぐ見つめてきた三橋の言葉に、俺は一瞬言葉を失った。 あー阿部とか浜田の気持ちも分かるよなー こんだけキョドッてビビッて怯えてんのに、ちゃんと言いたい事を言うために一生懸命になってる。 なんか必死に餌をねだるひよこみたいで可愛いんだよなぁ…… っと、やべ。そんな事考えてるところじゃねぇや。 「何だよ三橋、改まって」 「お、俺、泉君、にもお世話に、なってる、から……いつも、言いたかったんだ。ありがとうって」 つっかえまくりながらも一生懸命なエースの様子に、俺は三橋に協力することを約束したあの時みたいに、ふわふわした頭をちょっと乱暴に弄くった。 くわぁっ!正面切ってそんな事言われたら照れるっての! 四月に初めて会った時から比べると、ホントに三橋も成長したよなぁ。 ちょっと何か言われるとすぐに泣き出して、へぼピッチャーを自称してたのに、今のこいつはちょっとした学校のヒーローだ。 おどおどしたトコはそのまんまだけど、自分の意見をしっかり言えるようになって来たし、今年の野球での成績が自信を与えたのか、最近、女子の間でも人気急上昇中だ。 けれど、こいつをこんなにしたのは阿部だ。 俺達も、三橋に自信をつけさせようと色々やってるけど、阿部はその努力でも成果でも群を抜いてる。 そして、その阿部を心から信頼し、友情以上の気持ちを持っている三橋は今日、それを阿部に伝える。 上手く行く事は分かってる。けど、なんだろ、この気分。 ちょっと嬉しいんだけど、すっげぇ寂しい。 「花嫁の父?」 「ほえ?」 我知らず呟いた言葉に反応され、俺は慌てて誤魔化した。 「独り言。忘れとけ」 父は無いだろ、父は。 「せめて兄貴だろ」 「泉、君?」 「何でも無い。気にすんな」 俺がぐちゃぐちゃにしちまった髪を、手櫛で直してやりながら、セルフツッコミに自分で笑った。 よし決めた。俺の可愛い弟分を掻っ攫う野郎の事なんかいじめてやる。 「三橋ぃ、もし阿部に泣かされそうになったら俺を呼べよ?浜田とかも全員呼んで、皆で助けてやっからな!」 「う、ん!」 満面の笑みを浮かべて笑った三橋につられて笑っていると、無事任務を果たした花井が現れて、怪訝そうな顔をされた。 9組の絆は、他のクラスの奴には理解できねぇよな。 ま、いっけど。されたくもねぇしな! 「さて、今頃どこにいっかな、阿部の奴」 「そうだなぁ……時間的に栄口辺りじゃねぇか?」 手に持っていた携帯で時間を確認した花井が、自分のロッカーに荷物を放り込み、着替え始めながら応えた。 「おし。んじゃ、花井が着替え終わったら、部室の前で待っとくか」 「うん!」 「……なんか、兄弟みてぇ」 花井がぼそりと呟いたのを聞き咎めて、俺は花井を振り返ると、三橋と肩を組んで笑った。 「うらやましいか?花井」 「うらやましかねぇよ!」 花井が全力で否定する中、俺の心はちょっと晴れた。 嘘つくなよ花井。小心者の三橋にこんだけ触れるのは俺達9組メンバーか、菩薩の栄口と天然の水谷だけだぜ?嫉妬されるのは気持ちが良いぜ! 阿部も見てろよ?浜田と俺と田島の可愛い弟を取ってくんだ、お前といる時以外の三橋にべったりくっついてやる。そんでもって幸せにしてやらねぇなら、遠慮なく取り戻すからな。 覚悟しとけ! その日の作戦は大成功で、三橋と阿部は、どうにか付き合う事になった。 しかし、スゲェな。 この部活、俺が知ってるだけで同性カップル3組もいるぜ…… もし将来、こいつらの中で結婚とか言い出す奴が居たらどうする、俺? いや、それよりもまず、甲子園を目指している間の事だろ。 不純異性交遊でも出場取り消しとかあるのに、不純(?)同性交友の場合はどうなるんだ? 「い、泉?」 「何だよ、浜田」 三橋と阿部の一件が片付いたある日、一時間目の後の休憩時間にぼんやりとそんな事を考えていた俺に、浜田が怯えたような様子で話しかけてきた。 アノ時はすげぇ大人っぽい顔してんのに、学校で見せる顔は全然別なんだよなぁ。 「クリスマスイブなんだけどさ……」 言いにくそうに肩を小さく寄せた浜田の様子に、俺の勘が閃く。 「クリスマスイブが何?」 俺は笑顔を浮かべながら、内心黒い怒りで怒鳴り出したくなってた。 それを分かってんだろう。浜田の顔色がどんどん悪くなっていく。 約束したよな? ん? 「バイト、どうしても抜けられなくなっちった……」 ふざけんな浜田ーっ!! あんだけ前から空けとけって言ってたのに!! 「たでーまー!お?どうしたんだ泉。怖いぞ?」 移動教室から遅れて帰ってきた田島が、びくついた三橋を背中に庇いながら、俺の顔を覗きこんできた。 怖い?んなこたぁねぇだろ。俺は今、ちゃんと笑顔を浮かべてんだから。 「なぁ三橋」 「な、何?泉君」 名指しされた三橋は、まるで阿部に呼びつけられた時のように青い顔をしてるけど、俺の腹いせに阿部を使うためには、三橋に餌になって貰わなきゃな。 兄弟は時に協力し、時に利用しあうもんだろ? 「クリスマスイブの夜の予定空いてるか?空いてたらさ、野球部のメンバーでクリスマスパーティーやんね?楽しいぞ?」 「パーティー?」 「いいなそれ!俺賛成!」 「よし。三橋、どう?」 口を挟めない浜田を放置して、盛り上がった俺と田島は顔を見合わせて笑うと、三橋を振り返った。すると、そこには頬を赤くした三橋が、嬉しそうに目を輝かせて笑顔を浮かべていた。 「俺、クリスマスパーティー、友達とやった事無い、から、やりたい!いつもは、家族とケーキ食べるけど、こ、今年はお、親がイブの日いなくて、ちょっと寂しかったから……」 三橋……それを早く言えよ。利用した俺が言うのもなんだけど、なんかいたたまれないぞ? 「よし、田島、7組行って都合聞いて来い。1組と3組には俺がメールしとくから」 「おっしゃ!んじゃ、行ってくる!」 勢い良く教室を飛び出す田島の背中に向かって手を振る俺に、じとりとした視線が刺さって振り返ると、浜田が俺の机の前にしゃがみ込んで俺を見上げていた。 「泉……ご、ごめ……」 んな情けない顔するくらいなら、死んでもバイトなんか入れてんじゃねえよ馬鹿浜田。 俺は笑顔のまま、サムズアップした親指を、勢い良く下に向けた。 さあ、どうやって阿部を苛めてやろう! かずみ様リクエスト。仲良し9組ズ。お待たせしまっくてこの有様……こ、こんな物でどうでしょう? 長男浜田、次男泉、三男田島、四男三橋はやっぱり基本だろうと。で、弟泉は男前なので、下の面倒はしっかり見るのではないかと思ったので、害虫阿部(酷い!)は基本駆除の方向で。でも三橋は害虫大好き(爆笑) 本当に長い間お待たせいたしました。これからは心を入れ替えて、もっと早く書けるように頑張ります!(平伏) |