想い想われ



日が落ちると、少し半袖では肌寒いと感じる時期、いつもと同じ時間に練習を終えて帰ろうとしても、以前に比べて空の色は暗い。
練習を終えた直後は肌に心地良い気温なのだが、着替えを終え、自転車を押しながら帰ろうとする時には、温かい食べ物が恋しくなる。
今日も道すがら立ち寄るコンビニで、中華まんを購入するか、温かいスープか何かを購入するか迷いつつ、栄口は集団の一番後ろに付いて歩いていた。

後輩も増え、一年前の同じ時期と比べると集団は倍以上の人数になっていて、あんなにハードな練習を終えた後とは思えないほど、全員がわいわいと騒ぎながら、校門に続く坂道を歩いていく。
来年は、もっと人が増えて騒がしくなるかも知れないと思いながら、疲れが鈍らせる足を動かしていると、視界の端に何か白いものを捕らえて、栄口は首を巡らせた。
校門から少し高い位置にある自転車置き場や、校舎に続くなだらかな坂道の両脇は、何本もの木が植えられ、下は芝生になっている。

夏の暑い頃には、周囲より少し気温の低いそこは心地良い場所だったが、今の時期に誰かが居るとも思えず、思わず目を凝らして視界に捕らえたものを探した。
なぜそんなにも気になるのかは分からなかったが、どうしても探し出したい気持ちになって、集中して探そうと足を止めていると、ようやくそれは再び栄口の視界に入った。
その時だった。

「どうかした?栄口」
「うっわ!」
いきなり視界いっぱいに水谷の顔が飛び込んできて、栄口は驚きのあまり声を上げた。
先を行く集団はもう校門から出ていて、その声は届かなかったらしく、誰も振り返ったりはしなかったが、目の前の水谷は寂しさと不満をブレンドした微妙な表情を浮かべた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃん……俺、ちょっとショック」
「ごめん……でも、水谷もそんなに急に顔のぞかせんなよ。びっくりすんじゃん」
言いながら本当に驚いた為に早鐘を打つ心臓に手を添えると、水谷はふわりと表情を和らげた。

「で、何してたの?こんなとこで立ち止まって」
「ああ、あれ」
首を傾げて問い掛ける水谷を通り越した向こう、木立の中を指差した栄口に、水谷も体ごと転じて指された場所に目を凝らした。
「ほらあそこ。低い木の根元のところ」
少し分かり辛いかと場所を示唆すると、水谷も同じものを捉えて穏やかな感嘆の声を上げた。
「ああ、あれ?白いけど彼岸花だよね?」
「うん。珍しいなって思って、つい見とれちゃったんだよね」
言いながら、なんだか乙女思考か?と考えてしまい、自分の言葉を打ち消そうとしたが、すぐ側に立ち、遠くに咲く彼岸花を見つめる水谷の笑みが余りに穏やかだった為、やめておいた。

その代わり、水谷に見惚れてしまっていた事を誤魔化そうと、咄嗟に浮かんだ話題を口にした。
「俺さ、昔は白い彼岸花って時間がたつと赤くなるのかと思ってたんだよね。で、姉ちゃんと言い争いしたりしてさ。んな訳無いのに……」
話しながらその時の記憶が蘇り、栄口は言葉尻を濁した。
つい、余計な事まで思い出してしまった。

物知りの姉が、その時自慢げに教えてくれた言葉が次々と溢れてきて、恥ずかしくなってしまったのだ。
「俺は黄色い奴が……って、どうしたの栄口」
水谷が、思い切り顔を逸らしている自分に気付いて心配そうに訊ねてくるのを、栄口は恐る恐る振り返った。
自分で自覚できるほど頬が熱い。

「うわっどーしたの栄口!顔真っ赤じゃん!熱でも……」
「いや、ダイジョウブ……」
慌てて額に手を添えようとする水谷を制して、栄口は水谷が動揺するほど赤くなってしまっているらしい顔を伏せた。
「大丈夫っていう風には見えないんだけど!」
水谷が少し声を荒げる。

まるで聞き分けの無い子供に物を言い聞かせるような態度に、少しばかり愉快になっていると、水谷は眉尻を情け無さそうに垂らした。
「そんなに俺、頼りない?」
捨てられた子犬のような風情で、少し腰をかがめ、上目遣いにこちらの顔を見上げてきた水谷は、目に真剣な光を宿していた。
いつもふざけている印象の強い水谷だが、その実、しっかりとした芯が通っている事を、栄口は良く知っていた。

誰一人外れることなく、なるべく沢山の人が楽しくいられるよう、心を配る事の出来る人間なのだ。
自分や、自分の周囲だけで手一杯の自分とは違い、人にとても優しくなれる彼に、日々思いを募らせている事を、栄口は何らやましいと思うことは無かった。
だから──

「……違うよ、水谷……」
栄口は小さな覚悟を決めると、水谷の目を正面から見つめた。
「その時に教えてもらった、彼岸花の花言葉を思い出してただけ」
「花言葉ぁ?」
頓狂な声を上げた水谷は、何の事やらといった感じで少し顔を離した。
それを少し寂しく思いながら、栄口は照れ隠しの笑いを零した。
「相思花。手相の相に、思い出の思いっていう漢字で書くんだけど、意味は自分で調べなよね」

茶目っ気を見せて誤魔化し、もう大分先に行ってしまっているであろう部活仲間を追おうと、自転車を押しかけた時、水谷の手が肩に伸びて機先を制された。
この行動の理由を問いかけようとした時、静かに寄せられた水谷の顔が視界一杯に迫り、栄口は咄嗟に目を閉じた。
殴られたり、額をぶつけられたりする事は無い。
重なるのはただ一点だけ。

少しかさつく唇に、いつもすぐ割れるからとリップクリームを塗っているという水谷の唇が触れ合わされた。
条件反射のように、唇を薄く開けると、いつもはすぐに差し入れられる舌が、ゆっくりと唇の形を辿った。
それからおもむろに差し入れられたそれは、ゆっくりと口内をめぐり、奥に引込んでいた自分の舌を誘うように揺らめいた。

普段よりも丁寧な仕草の口付けを施され、やっと唇が開放された頃、栄口はたったそれだけの手技で情けないほどに笑う膝を、何とかして立たせようと必死になっていた。
「どうしたんだよ、水谷……」
腰が砕けたような栄口を支えながらも、満足そうに目を細めた水谷は、悪びれることなくもう一度だけ、今度は触れるだけのキスを唇の端に落とした。

「あのねぇ……栄口が思ってたみたいになんないかなぁって、ちょっと思っちゃって」
栄口が倒れないよう支える為に、腰に回した手に少し力を込めた水谷が、耳元に唇を寄せて囁いた。
「白い彼岸花。俺達のラブラブっぷりに赤くなんないかなぁって」
言ってふにゃりとわらった水谷に、栄口はとりあえずあまり力の篭らない拳骨を一発お見舞いしておいた。
「ったく!んな訳無いだろ!小学生でもしないよこんなこと!」
「ま、ただの口実っちゃ口実なんだけどね。それに……」
へらりと笑って、栄口の叱責に答えた水谷は、すぐに小悪魔のような笑みを口元に刻んだ。

「栄口が赤い彼岸花より赤くなってくれたから、も、いっかなって!」
自転車ごとくるりとUターンした水谷は、言い逃げるようにして自転車に跨った。
「白い彼岸花よりさ、栄口を赤くする事が出来たらもう満足。続きはまた別の機会に!」
ふざけたように装いながら、首筋に僅かな赤味を除かせた水谷は、栄口を待とうともせずに走り去ってしまった。

その場に一人取り残された栄口は、口元を手で隠しながら頭に集まってきた熱が下がるのを、その場に立ち尽くしながら待った。
幾ら自分が恥ずかしいからといっても、なにも置いてけぼりにする事は無いだろうとひねながらも、こんなに熱い顔はそうそう冷めない事も分かっていたので、後で何か奢ってもらって帳消しにしてやろうと考えながら、少し落ち着きを取り戻した心臓に促されて、栄口も自転車に跨った。

熱ってしまった顔に、少しばかり冷たい風は心地良く、自転車を漕ぐ足に力を込めながら、栄口は頬を緩めた。
きっと水谷のことだから、さっき自分が言ったように、家に帰れば花言葉の意味を調べるだろう。
その時、水谷の方こそ顔を真っ赤に染め上げるだろうと予想して、緩んだ頬はなかなか元に戻らなかった。








(2008.10.1)
SNSコミュ、御題参加作品。「白い曼珠沙華」という御題で、花言葉を調べていて「≪葉は花を思い、花は葉を思う≫ということから<相思花>ともいいます」という一文を発見して発奮(笑)
こういう事を素でやってくれるのは水谷かな、と。(^^)