フォトグラフ

夏大真最中の暑い日、俺は珍しく外ばかり気にしている様子の花井に気が付いた。
今日は夏日だと言うのに、プールの配水管の故障のあおりを食らったどっかのクラスが、グラウンドで体育をやっているらしく、賑やかな声が開け放たれた窓から入ってくる。

午後の現国、年寄りの講師が黒板に向かったまま進む授業に、クラスの大半が聞く耳を持たず、好き勝手に、だが一応遠慮して無駄口を聞かないようにサボっている。そんな中、グラウンド向きの窓際の列に、間に机に突伏した二人を挟んで並んでいる花井の、らしからぬ様子に俺も窓の外に目をやった。すると、俺達の教室から見やすい位置に、走り高跳びの準備をしている連中の姿があった。
その中に良く見知った顔を見つけて、どのクラスが哀れな目にあっているのか分かった。

(後で三橋に水分取るように言わなきゃな)
何をして良いのか分からず、右往左往している三橋を尻目に、泉と浜田、それに他の9組の奴が運んでいる高跳び用のマットにダイブする田島が見えて、俺は首を傾げた。

何がそんなに面白いっていうんだ?
ぼんやりと考え事をしている訳では無いようで、田島に続いて他の9組の奴がマットに飛び乗った時、一瞬田島が見えなくなると、顔から血の気が引いていた。
ああ、田島が馬鹿やらないか心配しているのか。キャプテンなんて面倒臭ぇよな……

……って、ホントにそうか?

花井の顔を見た俺は顔をしかめた。
俺は三橋の事が好きだ。
ゴールデンウィークの合宿中、三星学園との練習試合の前にそれを三橋に告げたとき、そこには友人としての好意しか含まれていなかった。けど、幾度かの練習試合を終え、夏大の予選を重ねていくに従って、普通は異性に向けられる意味で、三橋が欲しくなっていた。

だが、出逢って三ヶ月強の付き合いの中、三橋にその事を告げることは、俺には恐ろしくてできなかった。
ただでさえ臆病で、この頃は少し自分を認めることができるようになったとはいえ、相変わらず人の顔色に振り回されているアイツに、そんな事を告げようもんなら、今年の夏大はそこまでだ。高校球児として、俺も甲子園での優勝旗を狙っている以上、それは断固として避けたい。おまけに、アイツとの意思の疎通を図るのに、未だに田島の通訳が必要なのだ。間に人を挟んだ告白なんか冗談じゃない。

そう、三橋は俺のだ。ほかに狙っている奴がいれば、俺はどんな手を使ってでも排除してやる。
部内の人間を疑う事に、何の後ろめたさも感じない性格であることを、どっかの何かに感謝しながら、俺は鞄から携帯を取り出し、教科書の影に隠れながら、メールを打ち始めた。
相手は泉だ。
あいつなら、面白がって協力してくれそうだからな。

『悪いけど、7組の教室分かるか?』
送信ボタンを押した後、しばらくして、高飛びの準備を終えた泉が、ジャージのポケットから携帯を取り出し、俺のメールを確認したらしい。しばらく携帯をいじっている様子が見えた後、俺の携帯が震えた。

『分かるけど、どうした?』
俺はしばらく考えた後、泉に返信メールをしたためた。
『後で何か礼はするから、田島にこっちに向かって手を振らせてみてくれ』
取り敢えず、花井が見ている相手が誰なのか、確認したかった。

送信ボタンを押してしばらくすると、泉が手にしていた携帯を弄り、文面に目を通した後、高飛びの邪魔にならない場所に移動していた田島を手招きして呼び寄せた。
そして、俺達の教室の方を指差して、二人で頭を付き合わせて話し合い始めた。
その時、俺は花井をみて少し驚いた。

何で捨てられた犬みたいな顔をしてんだ?

二人の様子に気付いた三橋と浜田が、泉と田島に近づいていったが、田島は一人その輪から外れると、こちらに向かって大の字を描くように、足を広げ、バランスを取って両手をぶんぶんと左右に振った。
その途端、花井の首筋に傍目にも分かるほどの赤味が差した。

「おーい!」
面白がり始めたらしい田島が、声を張り上げ始めた時には、花井は頬まで赤くした。だが、花井が腰を浮かして何かをしようとした時、田島がクラスメイトに呼ばれて、高飛びのスタート位置に走って行った。

ほっとしたような顔で椅子に落ち着いた花井は、それでも田島から目が離れる事は無かった。
俺は泉に礼のメールを入れると、携帯を片付け、花井の観察を続けた。

花井が三橋を見てるわけではないのは分かったが、田島を見ている理由が分からなかった。
再び窓の外に目を向けると、丁度順番が巡って、田島がバーに向かって走っていく所だった。
何の力みも見せず、緩やかな曲線を描いて背面飛びを見せた田島は、バーを楽々と飛び越えてマットに沈んだ。

気持ち良さそうな田島から花井に目を向けると、見ているこっちが恥ずかしくなるような、幸せそうな顔をしていた。

ああ、そういうことね……

俺は半ば呆れて携帯を再び取り出すと、その顔のまま、ずっと外を見ている花井の顔を写メってやった。
写りを確認し、データを保存した後、もう一度窓の外に目を遣る。

今日も晴天に恵まれ、放課後はモモ監のしごきが待っている。
俺達は甲子園を目指して毎日を練習に費やしているんだ。人の事に構っている余裕は無いが、こんな面白いものを見逃す手は無いだろう。後で何かに使えるかも知れねぇしな。

窓の外に目を向けたまま、携帯を片付けようとした時、順番の巡ってきた三橋がバーに向かった。
田島よりは勢いに欠けるが、角材ワインドアップや、日々の練習の成果で、三ヶ月前よりしっかりとした体つきになった三橋は、そこそこ綺麗なフォームでバーに向かって走って行った。
しかし次の瞬間、石でも踏みつけたのか、踏み切りの直前でバランスを崩した三橋は、背面飛びをしようと体の向きを捻りかけた体勢のままバーに突っ込んだ。

「……!!っ!?」
音を立てて血の気が引いて、思わず腰を浮かせた俺は、歯軋りして鞄の中のコールドスプレーに手を伸ばしかけたが、何とか自制して腰を落ち着かせた時、誰かが小さく吹き出したのが聞こえた。
怒りの収まらない俺が振り返ると、俺の席から右に三列、後ろに一列の所に携帯を構えた水谷が、画面を見ながらだらしなく顔を歪めていた。だが、俺が見ている事に気が付くと、視線を逸らし、冷や汗を流し始めた。

恨むなら、己の迂闊さを恨め、クソレフト……

授業の終わった直後、俺が水谷の携帯から、メールで飛ばしていないか確認した後、データを消させたのは言うまでもない。



「へぇ……面白いもんが撮れてんじゃん」
練習の終わった後、今日のメールの意味を問いかけられて、俺は泉に例の写真を見せていた。

俺は泉の顔に浮かんだ底の知れない黒い笑みに、こいつを敵に回すことはするまいと決めた。

部室の中、今日もハードな練習の後だというのに、田島はパンツ一枚で飛び回り、同じく着替えの最中の花井の背中に飛びついたりしている。

「知らねぇってのは、罪作りだよなぁ……で?お前はいつ言うの?三橋に」
「……!!」
「な、何、泉君」
「何でもねぇ!」

自分の名前を聞きつけた三橋に、つい誤魔化す事も忘れて叫んだ俺は、慌てて三橋にフォローを入れたが、頭の中では、泉を絶対に敵に回すようなことをするまいと、固く心に誓っていた。






自分が何を書きたかったのか分からなくなった。
七組の様子なのか、九組の様子なのか、はたまたキモベなのか、黒泉なのか……なので、カテゴリーはその他