ライバル 「花井ってさ、変化球の持ち球あんの?」 練習の合間の休憩中、ふと思いついた質問を口にした瞬間、隣でおにぎりを頬張ってた花井はぴたりと動きを止めた。 二、三度瞬きをした後、口の中のものを飲み込んだ花井は、俺の方を見て少し言いにくそうに唸った。 「一応あるっちゃあるけどさ、俺は打つほう頑張ってたからなぁ……何かあんのか?巣山」 謙遜、っていうより自分の球にまだまだ自信を持てて無いって感じの言葉に、俺はちょっと焦って手を振った。 「いや、俺シンカー打ってみたいんだけど、三橋に頼むのはちょっと、さ・・・」 そう言ってちらっと視線を移すと、その先には俺達のいる場所から少し離れたところで打ち合わせをしている阿部と三橋の姿があった。 俺が視線を向けた先を一緒に見た花井も、何だか合点顔で胡乱な目をした。 阿部は三橋の事を、傍目から見れば過保護なくらい大事にしてる。 野球に関する細かい指示なんて当たり前で、普段の生活にまで口を出してるらしい。 そんな阿部の庇護者である三橋は、ちょっとクセのある性格だけど、すごく頼もしい仲間だ。 でも、夏大真っ最中の今、三橋に新しい変化球を覚えてもらうなんて無理な話だし、側に控える阿部は怖ぇ。 ウチにはもう一人の控え投手である沖もいるけど、左投げだと桐青の投手のシンカーのイメージとはちょっと違うから、花井に話をふったんだけど、今更になって軽はずみだったか?と俺は頭を掻いた。 俺達の夏の初戦、辛くも勝てたあの試合の中、最後に田島が打ってくれたから勝てたけど、あの時、俺も打てればもっと点が入って、三橋に楽をさせられたかもしれない。 あの試合で、学ぶことは多かった。 それを生かしていく為には、あの打てなかったシンカーを打てるようになるのも一つの手だと思ったから、二人目の控え投手である花井に聞いてみたんだけど、良く考えれば花井はあんまり投手経験が無かったんだよな…… 悪いこと聞いちまったと思って花井をもう一度振り返ると、花井は考え込むような表情で黙り込んでた。 「花井?」 「あ、悪ぃ。シンカーだったよな」 「ん・・・でも、気にしなくて良いぞ?花井だって、打撃練頑張るんだろ?」 俺も持ってたおにぎりの最後のかけらを飲み込むと、指先についてた米粒を舐め取った。 そんな俺の横で、花井は驚いたみたいに目を大きく見開いていた。 「桐青の投手には一応勝ったかんな。シンカーはまた対戦する時に考えれば良いさ」 静かに聞く花井の目に、火が点るのが見えた気がした。 「確かに、あのシンカーは田島にしか打てなかったもんな・・・」 そうつぶやいた花井の目は、ライバルを目の前にしたみたいにぎらぎらとしてて、俺の背中を痺れるような感覚が走った。 花井がそう思うのは、俺にも納得できる。 田島の活躍は、三橋の力投と並んで俺達の勝利に欠かせないものの一つだけど、同じ野球をプレイする俺達にとってそれは羨望と同時に嫉妬の対象になる。 もちろん、打者は打順や状況によってこなすべき仕事が異なるのは分かってっし、守備に関しても適材適所ってもんがある。 けど、花井は四番を担ってた実績があるから、余計に田島を意識するんだろう。 でもそれは俺だって同じだ。 花井や田島だけがバッターじゃないんだし、俺にだって、いつか四番に座ってみたいっていう野心が無い訳じゃない。 気の良い仲間であり、お互いを意識しあうライバル。 それは二人だけで終わりってもんじゃないだろう。 三人いても四人いても良いはずだ。 「俺も、いつか田島や他の沢山の選手を越えて行きたいからな。いろいろやれる事はやってみようかと思ってんだ」 そう言って花井の方を見ると、俺はちょっと頬をゆるめた。 「ぶっこわれねぇ程度に、やれるだけ全部やりこなすなんて事、出来んのは今の内だけだからな」 そう言い放ってその場に立ち上がると、俺は花井に向かって手を差し出した。 「花井だって四番のポジションねらってんだろ?田島だけがライバルじゃねぇって事、覚えといてくれよな」 「っは?・・・え?!」 俺の手を取りかけた花井は、変な声を上げて俺を見上げた。 そんな滅多に無い花井の様子に俺はだんだん笑いがこみ上げてきて、口元に力を込めた。 花井は時々、色んな奴にからかわれる。 阿部なんかに理由を聞いてみると、からかい甲斐があって面白いからと返されてその時は理解できなかったけど、確かに素直な反応が返ってくるのは意外と面白い。 やべ。クセになったらどーしよ。 「ホント、いろいろ楽しいよな」 「何が楽しいんだ?巣山」 「俺等も混ぜて混ぜてー!」 いつの間に現れたのか、泉と田島が俺達の側に立っていて、泉は俺の、田島は花井の肩に自分の腕を回して逃げられないようにでもするみたいに、がっちりホールドされた。 「すやまー。俺もその競争、参加して良いよな?」 どうやらかなり聞かれてたみたいで、人の悪い笑みを浮かべた泉に、俺は負けじと同じように笑い返してやった。 「駄目だなんて言う権利、俺には無いだろ?」 「っ・・・ったく!ライバルだらけかよ」 田島にじゃれつかれていた花井が声を張り上げたのを聞いて、俺と泉は視線を下ろした。 あぐらをかいていた膝を打った花井は、さっきみたいにぎらぎらした目で俺達を見据えた。 「みんなで、どこまでも上り詰めてやろうぜ!」 「おう!全国制覇だ!」 花井の号令に田島の無邪気な声が応じて、俺は声を上げて笑った。 (2009.10.31) 66666hit記念リク。巣+花でnotパラレル。西浦の坊主ペア(笑)のお話です。 泉や田島が出張ってしまってすみません(平伏) リク下さった朔さんのみDLFですv 巣山だって結構打率が良いので、他のメンバーにライバル心を燃やしているかも?という思いつきで書いてみました。巣山大好きなので、書いていてとても楽しかったですv朔さん、ありがとうございました! |