視線 -10- *2009年、5月までの本誌ネタバレを含みます。 *アベチヨ派の方は御一考下さい。 *以上を踏まえた上で、それでも良いよ、と仰って下さる方のみ、↓へお進み下さいませ。 ああ、俺ってそんなに…… 「頼れないかなぁ……」 「んな事ねぇんじゃねぇの?」 完全な独り言に返事を返されて、俺はあまりの驚きに声を上げる事もできずに首を巡らせた。 振り返った先──俺の真後ろくらいに居たのは、あんまり表情を変えない巣山だった。 「す、すや……!」 一体いつから?!とか、どの辺から話聞いてた?とかいろいろ聞きたい事があるのに、俺の口はちっとも声を出してはくれなかった。 そんな俺を気にする様子も無く、巣山は首にかけていたタオルで汗を拭いながら、足を止めてしまった俺に倣って、一歩先で足を止めて振り返った。 「栄口は、結構自分で何とかしたがるタイプだから、ああいう言い方をしただけだと思う。それに、また次の機会、って言ってんだから、そのうち話してくれんじゃねぇの?」 え、えーとぉ…… 「ど、どこから……?」 「話すだけでも大分違う、辺りから」 ……端的に正確なお答え、ありがとうございます…… 疲れた足をもう一回動かし始めると、巣山も、黙って格技場に向かって一緒に歩き始めた。 「……また何かもめてんの?」 「んーん、違う。俺の勝手な自己嫌悪。栄口がなんだか疲れてるように見えたから、頼ってくれればいいのになぁって思ったんだけど、俺では力不足だったみたい」 言いながら笑ってみたけれど、多分上手く笑えなかった。 巣山の顔が心配してくれてるんだけど、それと同時に怒ってる、っていう風に見えた。 何で怒って?って俺の頭の中では疑問符が浮かんだけど、巣山はそれきり沈黙してしまったから、それ以上の話は出来なかった。 いよいよ合宿が始まると、練習漬けできっとすっごい大変なんだろうと思っていたけど、意外に楽しかった。 もちろん普段以上に練習時間が長いし、密度も濃いんだけど、皆と一緒に──栄口と一緒にいられる時間が長くなるのは嬉しかった。 阿部が復帰してきて、三橋と一緒に皆とは違うメニューで練習、って言うのがちょっと問題だったけど、俺に出来るだけの事をして、栄口と三橋が近くに居られるように画策してみたりもした。 でも、どれだけ役に立てたかはわかんない。 しのーかは、三橋も一緒とは言え、阿部と一緒に朝食作りが出来るのが嬉しいみたいで、合宿の間、笑顔が3割増しの可愛さだった。 他のメンバーは、影でこそこそその事を喋ってたみたいだけど、しのーかと阿部をくっつけようと画策している事を誤魔化そうとして誤解されたのか、俺にはその話が向けられる事は無かった。 栄口と三橋、阿部としのーか。 この二組の事で頭が一杯になってるところに、練習の厳しさなんかもあって、頭が一杯だった俺にはありがたかった。 そんなある夜、皆は連日の疲れからしっかり寝入っているけど、俺はふと目が覚めてしまった。 冷房を入れてくれてはいるんだけど、十人もの男が一つの部屋に詰め込まれている所為か、なんだかむさくるしい感じがしたからかも。 なんて考えているうち、変に目が冴えちゃって、ついでだし、と思って俺はトイレに立った。 慣れない場所ではあるけど、迷う事はもちろん無い。 生あくびを噛み殺しながら用を済ませ、部屋に戻ろうとすると、誰かが部屋から出てくるのが見えた。 常夜灯なんて無いから、一瞬誰だか分からなかったけど、闇に慣れているはずなのに見えにくかった目を眇めて様子を見ていた俺は、相手が誰だか分かって一瞬息を呑んだ。 「どうしたの栄口」 部屋を出る前に確認した時間は深夜の一時過ぎ。 他のメンバーが起きちゃうとは思わないけど、深夜の礼儀として声を潜め、スリッパが音を立てないように静かに歩きながら近寄っていくと、俺を待っているかのように動かなかった栄口が、こっちを向いて小さく笑った。 「俺もちょっと目が覚めちゃったんだ。そしたら水谷が居ないもんだから、どこに行ったのかな、と思ってさ」 うわーそれってさ、俺の事心配してくれたって事?!って、それって思いあがりだよね、うん。 落ち着け自分!って何度も心の中で言い聞かせながら栄口に近寄ると、俺はへらりと笑った。 「心配かけちゃった?ちょっとトイレ行ってただけだよー」 ほんの少しでも、俺の事を気に掛けてもらえただけで、それまでの重たい気分なんて全部吹っ飛んでた。 ハハ、俺ってすっごいお手軽。 栄口は俺の答えにちょっと困ったように笑いながらも、その場を動こうとしなかった。 頭の中では、朝からの練習に備えて練るべきだって言うのは分かってる。けど、栄口はそうしたくないんだ。 それなら…… 「何か目ぇ冴えちゃったね。ちょっと外出てみる?」 俺の提案に、栄口はまた少し逡巡してから頷いた。 外に出てみると、風が無い所為か昼間の暑さがまだ居残っているみたいで、少し動いたくらいでは汗が出ないって程度の外気は、お世辞にも気持ちが良いとは言えなかったけど、俺達は合宿所の側にある段差に座り込んで、じっと空を見上げた。 学校の周りにある木に止まってるのか、蝉(?)の泣き声なんかも聞こえてて、昼間とそう変わらないような雰囲気で、ちょっとげんなりする。 でも、栄口が側に居てくれるってだけで全然違う気持ちになる。 どきどきする気持ちと一緒に、すごく驚くような静かな気持ちになるんだよね。 やっぱり栄口の持ってる雰囲気の所為なのかな。 「昼間に比べると、やっぱり少しは涼しいし、静かだね」 その雰囲気と同じように穏やかな声がして振り返ると、ずっと空を見上げたままの栄口が、こっちに視線を向けてくれるのと同時だった。 「この間はゴメンな。またちょっと一人でグルグルしちゃってさ。でも、水谷がいろいろ頑張ってくれたお陰でもう持ち直したから、その礼を言いたかったんだ。ありがとな」 言って笑ってくれた栄口の笑顔は、俺も好きなあの優しい笑顔だった。 そこにウソもごまかしも無くて、俺はまじまじとその笑顔を見つめちゃった。 栄口は、あんまり俺が見てる所為か恥ずかしそうにすぐに目を逸らしちゃったけど、俺はといえば、感動って言っちゃってもいいくらいの気持ちで一杯になってた。 俺のやってた事、無駄じゃ無かったんだ! も、ほんとにささやかな事しか出来てなかったのに、それでも栄口に笑ってもらえたんだ! もうその嬉しさといったら無いよ! 「俺も、お役に立てて嬉しいよ」 顔がすっごい熱い。 栄口が違うところを見てくれてて助かった。 こんなに顔が熱いなんて、きっととんでもなく赤くなってる。 「秋大と新人戦、頑張って勝とうな」 少し聞こえ辛いくらいに静かな栄口の声が、耳に凄く気持ち良い。 小さく声をだして「うん」と囁くと、あったかい水滴が手の上に落ちた。 それが自分の涙なんだって事に、俺はしばらく気付けなかった。 嬉しいけれど、少しだけ辛い気持ちが流させた涙だ。 秋大も新人戦も、もちろん俺や、栄口自身だって勝ちたいと思ってる。 でも、栄口はきっと三橋がそう望んでるからって気持ちを持ってる。 それが、膨れ上がった嬉しい気持ちにほんの少しの棘を刺す。 なのに、喜びに膨らんだ気持ちはしぼむどころかますます大きくなって、俺はちょっとだけ口元を緩めた。 「じゃ、そろそろ練習に備えて寝ようか。また日が昇ればしごかれるだろうしね」 その場に立ち上がって、お尻の辺りの土を払った栄口に、俺は黙って首を振った。 「俺、もうちょっとここで涼んでく。だってあの部屋ムサイんだもん」 「ムサイって……確かに男ばっかりだけど、いい加減慣れただろぉ?」 苦笑交じりの言葉に俺もちょっとだけ笑って、でも首は横に振った。 「もう少しだけ、ここにいたいんだ」 二人だけで過ごした時間を、もう少しだけ堪能したいから、なんて理由はもちろん飲み込んだ。 俺の気持ちを汲んでくれた栄口は先に一人部屋に戻っていったけど、早く戻るように何度も念押ししてくれた。 今夜、栄口とは布団が離れてて良かった。 もし隣同士とかだったら、きっとこのまま眠れなくなってる。 そうではない事を喜びながらも、俺は自分では結構な時間、と思ってたけど、実際は十分ほどだけ時間を置いて、皆が眠ってるだろう部屋に戻った。 いびきをかいている奴は居なかったけど、みんなの寝息が合唱してる中、頭や足を踏まないように気をつけながら自分の布団に横たわり、大きく息を吐き出した。 あぁ、今夜は本当に良い夜だったなぁ…… そんなふうに幸せを噛み締めながら目を閉じて眠りに着こうとすると、俺の隣に居た巣山が寝返りを打って、小さく唸った。 あ、そうだ。巣山にもお礼言っとこ。またなんだか心配かけちゃったしね。 そんな事や、朝からの練習メニュー、阿部と三橋が作る朝食メニューが何なのか考えをめぐらせていると、いつの間にか意識は沈んでいて、朝になり、最後まで布団にしがみついていた俺は田島のボディダイビングで起こされる羽目になった。 このお子様め!! そうこうして合宿も終わり、二学期が始まっても俺は割りと穏やかな気持ちでいられた。 まだもうちょっと大会があるから、相変わらず練習はハンパ無い感じだったけど、真夏の暑さに比べると少しはマシになった気温や、一月ぶりに顔を合わせるクラスメイト達との他愛無い会話や授業なんかが、いろいろと俺の気持ちを逸らしてくれたからだと思う。 相変わらず、俺の姑息なくっつけ作戦は続いていたけど、それもあからさまな行動は取れなかったから、そろそろ限界だった。 栄口は自分でも上手く立ち回って、阿部の声に怯えた三橋のフォローや何かで接触を持ってるみたいだったけど、しのーかの方がちょっと難航してた。 もともと、阿部って誰に対しても一定の距離を置いてる。 自分から相手の中に踏み込んでいく事をしなくて、遠くから相手を観察してるって感じなんだよね。 三橋に対しては自分から半歩は近寄ったみたいだけど、この頃その距離が、しのーかに対しては更に大きくなったような気がする。 部活の連絡事項や、多少の他愛ない会話ならするんだけど、それ以上近づくな、みたいな気配を出す。 阿部がそんな気配を漂わせてたら、俺でも近づきたくない。 まして女の子のしのーかは、そんな阿部にちょっとした恐怖みたいなものを覚えたんだろう。 時々怯えたような目をしている事があって、俺は慌て始めた。 別に、しのーかが阿部の彼女にならなくても構わない。 でも、もう少しだけ栄口と三橋が近づけるように、阿部を足止めしておいて欲しい。 他の女子では、小石ほどの抵抗力も無いんだもん。 中学からずっと阿部の事が好きだったというしのーかのガッツに、もうちょっと頑張ってもらいたかった。 けど、そんな俺のささやかな願いはあっさりと踏みにじられた。 2学期の中間テスト週間が始まった日の放課後、しのーかが帰ろうとしていた阿部を捕まえて、何かを話しかけた。 そんな普段と変わらない様子に、俺はそのまま帰ろうかと教室のドアに向かいかけた。 けど、しのーかが胸に抱えるようにして持っていた部活の資料らしき物の一番上に、女の子らしい可愛いデザインの封筒を見つけて足を止めた。 部活の伝達事項なら、あんなもの必要は無いよね?メールとか、口頭でもぜんぜんOKだ。 って事は、しのーかついに行動に出たのかな!? 観察してる俺の存在なんて全く知らないようなしのーかは、持っていた書類を封筒ごと阿部に渡すと、そそくさと教室を後にした。 おおお!やっぱ漫画みたいな展開?! これで阿部が顔を赤くでもしてれば、少女マンガの王道展開で、俺の作戦も功を奏したってなもんじゃん! なんて一人興奮してた俺を余所に、阿部は封筒を手に取ると、しげしげとそれを見つめた。 合宿の前から、ずーっと俺は阿部の耳にしのーかの事を吹き込み続けていた。 まぁ、普通にマネジとして頑張ってくれてるし、ちっちゃくて可愛いし、三橋よりは断然こっちでしょー?的な事を囁いただけなんだけど、時々阿部も同意を示した事もあったから、今回のしのーかの手紙は結構効果的なんじゃない?なんて舞い上がっていた俺は、次の瞬間の阿部の表情を見て金縛りにあっちゃった。 すごく冷たい…… うん、すっごい冷ややかな目で、阿部はその封筒を見つめると、資料を一旦机の上に置いて、その封筒だけを手に取り、縦に二つに引き裂いた。 その瞬間、俺は無言のまま阿部に向かっていってた。 二つに裂いたものをもう一度裂こうとする手を掴むと、力を込めてそれを制した。 「……なんだよ水谷」 低い阿部の声に滲んだ怒りは、今まで聞いた事も無いようなものだった。 阿部は確かに怒りっぽいけど、ここまで心の底からの怒りを見せた事は無い。 でも、今は怯んでいる場合じゃない。 「せめて中身、見てからでも良いでしょ?」 普段の俺からは想像もつかないような固い声だった。 こんなに怒ったのって初めてかも。 きっと目つきも変わってるんだろう、俺を見る阿部の顔が驚きに染まってる。 周りにまだ居残ってた他のクラスメイト達も、俺達の只ならぬ雰囲気に、遠巻きになりながら様子を見守っているのが分かったけど、構ってなんかいられない。 「俺ぁ野球で手一杯なんだよ。他の事に構ってなんかいられねぇっつの」 威嚇するかのように睨みつけてきた阿部が、俺の手を振り払うかのように腕を捩ったけど、俺は手紙ごと阿部の手を放さなかった。 「野球?三橋の間違いでしょ?」 小さく潜めた俺の言葉に、阿部の顔色が変わった。 声音に込めた「知っている」という気持ちは、阿部にも正確に伝わったみたいだった。 少しだけ青ざめた阿部がちょっと滑稽に思えて、俺は知らないうちに薄く笑ってたらしい。 随分後になって、この時の事を振り返った阿部から「ちょっと凄かった」と言われた。 でも、この時の阿部は眉間にすっごい皺を寄せて、思いっきり腕を振り払って俺の手ごと手紙を払い落とすと、机に置いていた資料だけを持って教室を後にした。 その背中を見送る事もせず、俺は床に落ちた手紙を見つめ続けていた。 きっと、しのーかが今まで重ねてきた思いを綴った手紙。 俺が自分の望みの為に焚き付けて、燃え上がらせてしまったそれは、今頃きっとしのーかの胸の中で最高潮に達してる。 俺は手紙を拾い上げると、ズボンのポケットに仕舞い込んでた自分の携帯を取り出した。 メールじゃなくて、電話ですぐに確認したかった。 携帯が何度かコールしてる間に教室を出ると、俺は見当を付けて歩き出した。 阿部なんか追っかけない。 『もしもし、水谷君?』 なかなか繋がらない、と思っていた携帯が不意にコール音を途切れさせて、耳元で戸惑い気味な声が誰何してきた。 「今どこ?」 確認の問いに答える事もしないで、俺はすぐさま問いをぶつけた。 『えっと、下駄箱の前だけど?』 「すぐ行くから待ってて」 相手に考える余裕を与えないように言い切って通話を切ると、殆ど走るような勢いで、俺は廊下を目的の場所に向かって歩いた。 走ってるのを先生に見つかると五月蝿いんだよね。 部活も全部休みだから、放課後の下駄箱はいやに混んでた。 でも、そんな人込みの中でも、しのーかの事はすぐに見つけられた。 こっちに気付いて笑顔を浮かべようとしたしのーかの細い手首を掴むと、俺は相手の歩調なんか全く気にしないで、廊下を歩いてきた勢いそのままに、人目の少ない場所に向かった。 日当たりが悪いのに、何故か園芸部の花壇がある校舎の影は、あちこちにあるどの出入り口からも遠い所為で、誰もがあまり近づかない。 その更に柱の影にしのーかを隠すと、俺は彼女の手首を解放した。 「……どーしたの?水谷君……」 俺の足に一生懸命ついてきてくれたお陰で、しのーかの肩は大きく上下してたけど、俺の手元にあるものを見て、それがピタリと止まった。 「そっか。読んでももらえなかったか」 明るい様子を装いながらも、その声に滲んだ落胆は隠しようも無かった。 「もう一回!もう一回書きなよ!俺が絶対阿部に読ませるから!」 呼吸を整える為か、俯いてしまったしのーかに向かって叫ぶと、彼女は頭を小さく横に振った。 「ダメ。もう書けないよ……阿部君の気持ちを知っちゃったんだもん。もう、その手紙とおんなじ事は書けないよ……」 少しづつ震え始める言葉に、俺は誰に向けられるものなのか分からない怒りが湧き起こってくるのを感じて、気付いたら歯を食いしばってた。 「でも、こんなのってないだろ?!阿部にしのーかの気持ち、こんなにする権利なんて無いよ!」 「……違うよ、水谷君……阿部君にだけ、あるんだよ?」 伏せていた顔を上げたしのーかは、涙に濡れてはいたけど、すごく綺麗な笑顔を浮かべてた。 「私が気持ちを向けたのは阿部君なんだもん。押し付けられたものが迷惑だったなら、変に優しい方がかえって酷いよ……」 細い指で涙を拭ったしのーかは、俺の手から裂かれた封筒を取った。 「ホントはね?皆が引退するまで黙ってよう、って思ってたんだ。でも、水谷君に背中を押されて、ちょっとづつ話す事も増えて、いい気になってたのかな……テストが始まったら、顔を合わせる時間も少なくなるから、もし振られても、大丈夫、かなって……」 話しながら、しのーかはまた涙をこぼし始めた。 こうなっても構わない、って思いながらけしかけたけれど、いざそうなってみると、俺は凄く申し訳なくて苦しかった。 自分の想いが受け止められない気持ちも、凄く分かる。 俺は驚かせないようにゆっくりと手を伸ばすと、しのーかの頭を撫でてから、その細い体を自分の腕の中に抱き寄せた。 「ごめん、しのーか……ごめん……」 どう言って謝って慰めても、今のしのーかの心が休まる事が無いのは分かってる。 でも、しのーかの涙を受け止めるのは俺の義務だ。 まだ少し暑い中、結構なスピードで廊下を歩いてたから、ちょっと汗臭いかもしれないけど、しのーかはそんな事気にしないと思う。 俺は腕に力を込めて、しのーかの声が周りに洩れないようにした。 しゃくり上げる小さな体に、俺は自分も涙が込み上げてくるのを感じて、その衝動のままに溢れさせた。 どうしてみんなの想い、全ては叶わないんだろう? その先に、もっと良い誰かが待っているから? なら、その人に一番最初に会わせてくれたら良いんだ。 チクショー…… 「……ゴメン、水谷君。もう平気」 いつの間にか泣き止んでいたらしいしのーかが、腕の中からそう言って顔を上げてきた。 腕を広げて解放してあげると、目元は泣き腫れていたけど、確かにもう涙は止まってた。 「手紙、持ってきてくれてありがと。でも、もう捨ててくれると嬉しいな」 俺を気遣ってか、ちょっと笑ったしのーかに出来ないと首を横に振ると、真直ぐに俺を見上げてきた彼女が一滴だけ残っていた涙をこぼした。 「私には、もっとできないから……全部知ってる水谷君に、お願いできないかな?」 しのーかの綺麗な笑顔に、俺はもう頷く事しか出来ず、彼女を一人その場に残して帰途へと就いた。 その途中くらいから、クラスの友達やその友達連中から聞きつけたらしい花井から、何かあったのかとメールが幾つか入ってきてたけど、俺は返事を返す事はしなかった。 そんな資格なんて無いって分かってるけど、今日だけはしのーかの恋の為に泣きたかった。 俺が良いように扱って、潰えさせてしまった想い。 こんなに辛い思いをしのーかにさせちゃったんだもん、俺は絶対に栄口の想いを叶えさせてあげるんだ。 俺にしか、出来ない事なんだよね? ←BACK NEXT→ (2009.6.1) 大変お待たせしてしまった上に、千代ちゃんを泣かせてしまってすみません!!!これからはもっとサクサク進めて行きたいです(−−;) |