視線 -11-




*アベチヨ派の方は御一考下さい。
*以上を踏まえた上で、それでも良いよ、と仰って下さる方のみ、↓へお進み下さいませ。


















七組で起こった騒ぎは、すぐに俺達一組の教室にも伝わってきた。
それというのも、阿部の手紙を読みもせずに破いた事や、水谷がそれを非難した事なんかから、野球部内の騒動だと思われたらしく、わざわざ俺達の所に報告に来てくれた友達が居たからだった。

ちょっと前から、水谷がマネジに気があるんじゃないかって話しになっていたのは、部内ではほぼ周知の事実だったから、その手紙の主がしのーかだったのなら、水谷が阿部を非難したのも頷けた。
だから俺も、一緒にそれを聞いていた巣山も、仕方の無い事だなとその場はやり過ごしたけど、真直ぐに家に帰るために自転車を漕ぎながら、俺は段々と気持ち悪くなっていた。

理由なんて分からない。
そう自分に言い聞かせて、何も考えないようにしたかったのに、家に帰り着いて試験勉強をしていても、家族と騒ぎながら食事をしていても、閃くように頭に張り付いてしまった答えは存在を主張し続けていた。

勉強をするからと部屋に引込み、机に向かってはみたものの、傲岸な答えは一向に頭の中から離れてくれなくて、俺はペンを放り出すとベッドに倒れこんだ。
全部水谷の所為だ。
俺は色んな事を水谷に話しているのに、水谷はちっとも俺には話さない。
俺じゃ、何の助けにもならないから?
違う、俺の事を信用して無いからだ。

さっきから何度も到達してしまっている答えにもう一度たどり着いて、俺は枕に顔を押し付けた。
こんな事を考えてしまう自分が、どうしようもなく嫌だった。
別の見方をすれば、俺が自分の気持ちに手一杯になっているのを水谷は知ってくれているから、余計な負担を増やさないようにしようとしてくれいてるんだと思えるのに、自分にとってショックな方の理由を選んで、勝手に一人でもがいているなんてかなり滑稽だ。
けど、どちらにしても水谷が自分に話してくれていなかったってだけで、こんなに傷付いている自分に、俺はどうしようもないほど戸惑ってた。

翌日のテストが終われば、部活も解禁になる。
俺は人生で初めて、テストが終わらなければ良いのにと願いながら、知らないうちに深い眠りに落ちていた。



けれど、いざ部活が始まってみると、俺の気持ちどころの話じゃなかった。
前日の夜、思わぬ睡魔に負けて早く寝ちゃったけど、その分朝早くに目が覚めて、何とか今日のテストの為の勉強をする事は出来た。
でも、いつもと違う生活リズムの所為で、しっかり勉強出来たとは言えなかったし、本番のテストでもヤマを張った場所が出なくてすんごい慌ててしまった。
何とか解答欄を埋められたものの、近年まれに見る自信の無さでダメージを食らってしまって、部活に行く前から俺はへとへとだった。

そこにきて、グラウンドでは絶対に視線を合わせない阿部と水谷のぴりぴりとした空気が、空中に青白い火花を散らしているようだったし、しのーかも、まだ目元を赤くしていた。
誰もがおおよその事態を飲み込んでいたから、どう接したものか考えあぐねているみたいだったし、三橋にいたっては、阿部のいつにないぴりぴりした雰囲気にすっかり怯えてしまって、ベンチの隅や陰になるところを探して身を潜めていた。

そんな三橋や他のメンバーのフォローで一日は終わってしまって、気が付けばもう部活は終りの時間を迎えていた。
内心、ちょっとだけありがたかった。
部活にはあんまり身が入らなかったけど、余計な事を考える余裕は無かったから、自分の中の不可解な気持ちと向かい合わずに済んだし、勉強の為に動かさずにいた体を思い切り動かすのは気持ちよかった。

テスト終了の解放感と、久々の部活の疲れでふらふらになりながら、いつものコンビニで皆と一緒に休憩をしていると、店から肉まんを片手に現れた巣山が俺の横に座り込んだ。
他のメンバーは夫々思い思いの場所で、阿部と水谷を避けて休憩してる。
だから巣山が俺の横に座ったのも、そんな皆と同じに阿部と水谷を避ける為だろうな、って思った矢先、一口齧った肉まんを飲み込んだ巣山は、クリームパンを食べ終わった俺を振り返った。

「なぁ、栄口」
「何?巣山」
改まった口調に思わず軽く身構えちゃったけど、巣山はそんな事を気にする様子も無く言葉を続けた。
「水谷、なんか色々落ち込んでるみたいだから、慰めてやってくれねぇか?」
「へ?」

思いがけない人物からの思いがけない言葉に目を丸くしていると、もう一口肉まんを齧った巣山は、視線で一人外れた場所に立って缶コーヒーを飲んでいる水谷を指し示した。
「テストの前から沈みがちだったんだけど、昨日の騒動で更に追い討ちかかったみたいなんだ」
言いながらもう一口、最後の一欠を口に入れた巣山はゴミを丸めて握りこんだ。
「俺じゃ役不足みたいだからさ、栄口から話しを聞いてやってみてよ」
「……なんか、巣山って意外と世話好きだって知ってびっくり」

本当に驚いたのは、自分の口から零れた言葉に潜む険だった。
なんで巣山がそこまで水谷を気遣うんだろう?ってか、何で俺が水谷をフォローしてやらなきゃならないんだ?
俺だって皆と同じなのに、頼られてばっかりで頼れる相手は……
そこまで考えて、俺は言葉に詰まってしまった。

頭の中に、不意に浮かんできたのは水谷の顔。
俺と話をしている時、笑っているのにどこか寂しそうな笑みを浮かべている事の多い水谷は、もしかして俺に相談しようとしていたのかも知れない。
自分じゃわかってなかったけど、もしかしたら俺が一方的に頼っていたから、水谷としては話せなくて一緒にいるところを良く見かける巣山に話他のかも知れない。

そう考えれば、水谷の行動に非がある訳ない。
っていうか、そんな事にも気付けなかった自分にも驚いた。
「……栄口……」
「ゴメン、巣山。俺ちょっと勘違いしてたみたいだ」
気遣うような巣山の声に、俺は顔を上げずに謝った。
「水谷の事はりょーかい。阿部は……ほっといても大丈夫かな」
少し気持ちが落ち着いてから顔を上げ、笑い混じりにそう言うと、巣山も同調してくれたのか小さく笑った。
「頼んだぜ、副キャプテン」
そう言って背中を叩いた巣山の一撃は、結構痛かった。



いつもどおりコンビニで解散し、それぞれが気まずい空気を気にしながらも家路に着いた後、俺は一人になるのを見計らって携帯を開いた。
自転車を路肩に停め、短縮に登録してある番号を呼び出して掛けると、何度かコールした後繋がった。
『も、もしもし栄口?』
繋がって暫く、がちゃんとかうわっとかって悲鳴が遠くから聞こえた後、やっと耳に届いた水谷の声は、一瞬の間に相当慌てたんだろう。変にひっくり返っていて、俺は思わず小さく噴き出した。

「うんそう、俺。水谷、もしかして携帯落とした?」
『だって吃驚しちゃったんだもん!っていうかそれより、どうかした?』
「あー……ちょっと話でもしようかと思って、さ」
そう言った瞬間、電話の向こうで水谷が息を呑んだのが分かった。
水谷だって、自分と阿部の雰囲気が悪いことは百も承知だ。
だから多分、俺から一言言われるのは覚悟してたんだろうけど、それでもやっぱり身構えちゃったんだろうなと思った矢先、耳元から呼びかけられて、俺は「何?」と問い返した。

そしてしばしの沈黙。
呼びかけてきたのにどうしたんだろうと思っていると、突然電話口の向こうで鼻をすすり上げる音がして、俺は思わぬ様子に動転した。
「水谷?どうしたんだよ泣いてんのか?」
『……うん、ゴメン、何か、きゅ、急に……』
溢れた涙が止まらない、といった風情で、水谷はしばらくそのまま泣き続けた。

落ち着きを取り戻すように何度か声を掛けたものの、すぐに言葉は尽きてしまって、俺はただじっと水谷が落ち着くのを待った。
それほど長い時間でもなかったと思うけど、俺は、今水谷の側にいない事を悔やんでいた。

俺が前に泣いた時、水谷が側にいてくれて本当に助かった。
自分の中で渦巻く色んな感情を一緒に受け止めてもらえて、どれだけ気持ちが軽くなったか分からない。
きっと今、水谷はあの時の俺と同じ気持ちなんだろうと思う。
自分の報われない想いや、好きな人の涙、自分の不甲斐無さや、大切な友人に向けたくない感情。
そんなものが溢れ返って、胸が苦しくなって、自分で涙を止められないでいるのに……

「ゴメンな、水谷。側にいてやれなくて」
遠く離れたどこかで、水谷は吐息のような声をこぼした。
「俺、自分の事ばっかりで、水谷の助けにならないよな」
『そ、そんな事無いって!今は、ちょっと目にゴミが……』
あきらかにそんな事が理由で泣いているとは思えないのに、水谷はそう言い張って譲らず、俺はそれを受け入れる振りをしながら、星が瞬く空を仰いだ。

「俺、もうできるだけ水谷に頼るのは止めとく。自分の気持ちなんだから、自分でコントロールするべきだよな」
三橋に告げるにせよ、このままずっと胸に秘めたままにするにせよ、自分でちゃんと決断して覚悟を決めなきゃいけない。
その重みを、耐え切れないかも知れないという不安から、水谷にも負わせようとするのは間違いだ。
しのーかの勇気を、俺も見習いたい。

男同士だ、っていう高すぎるハードルを考えればひるんじゃうけど、それは俺の問題だよな。
「だから水谷、俺の事はもう心配しなくて良いよ?その代わり、しのーかを慰めてあげなよ。こんな事言ったら不謹慎かもだけど、今がチャンス、ってやつだろ?」
『さかえ、ぐち……』
「今まで、本当にありがとな。水谷も幸せ、掴もうぜ?」

何かを言いかけた水谷に畳み掛けるようにそう言うと、俺は恥ずかしい事を言った居た堪れなさに、一言声を掛けただけですぐに携帯を切った。
緊張して固まっていた肺から息を搾り出すと、薄白いもやになって空気に溶けた。

今の俺に、水谷を慰める術なんか無い。
出来る事があるとすれば、水谷の負担になったり、縛り付けたりしないよう、自分の足でしっかりと立つ事だけだ。
果てしないくらいの自己嫌悪に見舞われたけど、俺は何とか自分を立て直すと、停めてあった自転車に跨って家路を辿った。

あまり力をこめず、ゆるゆるとペダルを踏みこみながら、俺は次々とチームメイトの顔を思い浮かべた。
誰もが大切で、大事で、かけがいの無い友人だけど、その中でも一際大事なのは気弱なエースの三橋。
でも、次点で大事なのは水谷だ。
俺の話をちゃんと聞いて、受け入れてくれたあいつが、またあの気の抜けたような笑顔を心の底から浮かべられるように願う事も出来るな、と気付いた。

家に帰り着き、眠りに落ちる僅かな間に明日、また朝練で顔を合わせた時には、水谷の笑顔が見られるよう願ったのに、ずるい人間の願いを聞き届けてくれる神様はいなかったらしい。



翌日、いつもどおりに朝練が始まる時間になっても、水谷はグラウンドに現れなかった。
モモカンや花井も連絡を受けてはいないという事で、皆が訝しげに首を捻った中、巣山は俺に何か言いたそうな視線を向けてきたけど、俺としても思い当たる理由は見つけられなくて、小さく首を振るのが精一杯だった。

もしかして、俺はまた何か間違った、のか?










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(2010.6.30)
大変お待たせいたし、ま……orz
もう言い訳のしようの無いほどの時間放置してしまって申し訳ありません(土下座)それでもお待ち下さった皆様、本当にありがとうございます!!
なのに、まだ水谷幸せになれてません(^▽^;)
もう少々お待ち下さいませ!(平伏)