視線 -14-












「で?さっきのアレは何?」
「さ、さっきの?」

俺が栄口の前から逃げ出した直後の休憩時間、物凄く不機嫌そうな顔で俺を捕まえに来た栄口の様子に、俺は追い詰められた小動物の気分だった。

やっぱり逃げ出したのは不味かったよなぁ……
何とかフォローするべきだったってのは良く分かってたんだけど、まさかこんな風に問い質しに来られるとは思わなかった。
それがちょっと嬉しいなんて、俺も大概だよね。
一瞬助けを求めて周りを見回したけど、誰も手助けなんかしてくれるはずも無くて、俺は一つ息を吐き出すと栄口に向き直った。

「逃げないからさ、腕放してもらっていい?」
我ながら弱った声で言うと、栄口はちょっとためらいながらも手を離してくれた。
掴まれていた場所が、そこだけ熱を持ったように感じる。
このまま、いつまでも感触が消えなければ良いのにと思うけど、そんな事になったらきっと次の何かを求めて暴走してしまうだろう自分も簡単に想像できて、俺は眉間に力をこめた。

「さっきのアレは、さ……ちょっと巣山と話したくて……でも、栄口には話してなかったことだったから、その、思わず……」
「俺の顔見て慌てたってワケ?」
少し責めるような口調に、俺は言葉に詰まった。
確かにその通りなんだけど、栄口は何故か俺から目を逸らした。

何で?っていう疑問符が頭を過ぎる。
「……栄口?どうかした……?気分でも悪い?」
そう訊いた直後に浮かんだ栄口の表情に、俺は胸がずきりと痛んだ。

何て顔だよ。
俺の事なんかで、何でそんなに傷付いた顔をして、泣きそうになってるんだよ。

今居る場所も状況も考えず、すぐにでも抱きしめて慰めたい衝動が体から溢れて前のめりになる。
だけど、必死に理性を駆り立てて考えを巡らせ、栄口を元気付けるための言葉を探したけど、真っ白になってる頭は機能停止状態になってて、俺は金魚みたいに口をパクパクさせる事しか出来なかった。

そんな俺を見抜いたみたいに、栄口が俺の目を見つめ返してきた。
「……大丈夫、何ともない……」
まるで自分自身に言い聞かせてるような声に、俺は肩に圧し掛かっていた後悔が更に重さを増したのを感じた。
ああ何て馬鹿なんだろう俺。
自分の事だけを、自分の想いの事だけを考えていられるようになって欲しいのに、俺の事なんかで思い煩わせて、しかも凄く傷つけてしまった。

「何かその……ゴメン。俺、何だか色々考えすぎてるみたいだ」
弱々しい言葉と一緒に、ぎこちない笑顔を浮かべた栄口は、まだ言葉を見つけられない俺を気遣うようにおどけた様子で俺の肩を軽く叩いた。
「でも、水谷もあんまり水臭い事してくれるなよなー寂しくなっちゃうじゃん」
ミエミエの空元気で一杯の笑顔を残して自分の教室に戻っていく栄口を見送った後、俺は何をしていたのか記憶が無い。



「おい、水谷!」
声と一緒に強く肩を掴まれて我に返ると、巣山が険しい顔で俺を見つめていて一体何がと思うより先に、止まっていた世界が動き出したかのように俺が進もうとしていた道路をトラックが横切っていった
「……ありがと、巣山……」
「ったく、いつまでもボーっとしてんじゃねーぞ。お前と言い栄口と言い……」
そのままぶつぶつと口の中で何かを言い続けている巣山に、俺は小さく笑った。

練習が終わった後、何とか頭が少しはっきりしだしたところだったんだけど、まだどこかぼんやりしていたらしい。
明るく振舞う元気も無くて、俺は巣山と並んで横断歩道の前に立ちながら、行き交う車を見るとは無しに見た。
こういう時、巣山はあんまり話を振ってこない。
本人はどう声を掛けたら良いのか分からないからだって言うけど、俺が話す気になるまで待ってくれてるんだと俺は勝手に思ってる。

この間のズル休みの時以来、巣山は俺の話を一つも嫌がらずに聞いてくれていて、時々アドバイスをくれたりする。
それがどんだけありがたいことか。
友達っていうものはかけがえの無い物だって聞くけど、俺にとって巣山ほど大事な友達は居ないって最近思う。
何もかもが中途半端な俺の事を心配してくれて、今も何も言わずに俺の傍に居てくれる。

巣山だったら、栄口のことももっとかっこよく助けてあげられてたのかもなぁ……

「俺ってさ、凄くかっこ悪いよな」
「は?」
突然話を切り出した俺に、巣山は不意を突かれたみたいで声を上げた。
そんな巣山を振り返ると、俺は出来るだけ明るい笑顔を浮かべた。
「自分では一生懸命なつもりなんだけどさ、それが空回ってるっていうか……今日も栄口に嫌な思いさせちゃってさ。何か……バカ丸出しだよね」

最後の方は声が震えちゃったけど、その時にはもう涙が溢れてたんだから、ちゃんと言い切れただけでも良しとしよう。
巣山には俺の気持ちは教えてない、
ただ、栄口に好きな人が居て、俺はその人と栄口が上手く行くように手助けしてたんだけど上手くいかなかったとだけ伝えてある。

わざわざ家まで来てくれた時以来、クラスでの栄口の様子をそれとなく聞きだしたり、他愛無い話を楽しんだりするために休憩時間に時々二人だけで話したりしているから、巣山には俺から栄口に対する気持ち以外隠すだけの物が無い感じがする。
それに甘えるのはあんまり良くない気がするけど、でも甘えたかった。

袖口で涙を拭うと、俺は空を見上げた。
「あーあ。もっと器用な人間だと思ってたんだけどなぁ俺」
暗い空にはちかちかと幾つかの星が光ってるのが見えた。
「……一体、どの星にお願いしたら、俺の、みんなの願いは叶うんだろうな」

思わず口を突いた言葉に、俺は自分で自分を笑ってやりたくなった。
どこの誰にも、何にもそんな事は出来ないって言う事は良く分かってる。
自分の願を叶えるために頑張れるのは自分だけだ。
そんな自分の事を助けてくれる人が居るかどうかも、どれだけ自分が頑張るかにかかってる。
冷たいかも知れないけど、それが現実だ。

「俺は良いやつだと思う。そんなお前が」
突然の言葉に声のした方向──巣山を振り返ると、もうとっくに信号が変わっているのに渡ってない横断歩道を真直ぐに見つめながら、巣山は口を開いた。
「確かに抜けてるところもあるけど、お前はお前なりに頑張ってるって所は自分でもっと評価して良いと思う。結構ツライ時でも、お前が明るくて助かってる事とかもあるし、時々良い仕事するしな」
言いながら俺の方を振り向いた巣山は、すこし意地悪そうな顔で笑った。

「ミラクル水谷の一発逆転劇はきっとこれからなんだ。そう信じてチャンスを待てよ。おら、気合入れろ!」
言葉尻に力が入ったと思った途端俺の背中に強い衝撃があって、思わず支えていた自転車ごと前に倒れそうになる。
「っってーよ巣山!」
「そうやってまずは顔上げて大きな声出せ。俯いて辛気臭ぇ顔してたら余計に暗くなっちまうだけだからな」
そう言うと、巣山は自転車に跨った。

「とりあえずしっかり寝ろ。人間疲れてるとろくな事考えねぇし、明日の練習にも響くぞ」
巣山らしい励ましに、俺は何となく目に見えない力みたいなものがもらえたような感じがして鼻を啜った。
「ありがとな、巣山。変なとこ見せちゃったけど見捨てないでね?」
「さぁそれはどうかな。明日の練習でミスしたら見捨てるかも」
「巣山ヒドイ!」

普段みたいな掛け合いにお互い声を上げて笑うと、俺も自転車に跨った。
「ミラクル水谷か……なんか良い感じだね、それ」
「良くも悪くもミラクルだからなぁお前」
呆れ口調の巣山に向って頬を膨らませて見せると、信号が変わった事を伝えられてスルーされた。
そうそう、こうやって気楽に、巣山や他のメンバー、栄口とももっと楽しく過ごしたい。
俺はペダルに乗せた足に力をこめると強く漕ぎ出した。

嫌な気持ちにさせたのなら、謝って、明るく心から笑えるようにしよう。
悲しませても、怒らせても、最後には栄口に笑っていて欲しい。

そうすれば、きっと俺も笑っていられるから。



だけど、俺の願いは悪魔か何かが聞きつけてしまったらしい。
あんまりよくは寝られなかったけど、それでも少し気持ちは軽くなった翌日、いつも通り朝練に行くなり俺は栄口の肩に腕を回して何か話し込んでいるらしい泉の姿を見つけて苦虫を噛み潰した。
内緒話かもしんないけどさぁ、別にそこまでくっつかなくても良いのに。
ま、あんまり皆が口にしないだけで殆ど公然の秘密になってる泉とハマダさんの仲を俺もしってるから、それ程ムキになる必要も無いっていうのも分かってる。

朝からあんまり嬉しくないものを見たなぁと思いながらベンチに荷物を下ろしたところに、先に来ていた田島がいつも通り元気一杯の笑顔で近付いてきた。
「おっす水谷!……どした?元気無いぞ?」
「いや?別にいつも通りだけど……それより、何かあった?泉と栄口が話しこんでるけど……珍しい組み合わせだよね」
そう、自分で言っといてなんだけど確かにちょっと珍しい組み合わせだよね。

部活の事なら栄口と花井kと阿部の組み合わせだけど、泉はなんていうか9組のお兄ちゃんだから、栄口に話をするとなると三橋がらみかな?と思ってもう一度二人の様子を見た瞬間、栄口の背中が強張っているのに気付いた。

何か様子がおかしい。
どうかしたのかと本気で心配したその時、田島が傍で鼻を鳴らした。
「泉、栄口にヘルプ頼む気なのか」
「ヘルプ?」
何の事なのかさっぱり分からなくて聞き返すと、田島は大きく頷いた。

「三橋がさ、阿部にコクハクしたいんだってさ。だけどあいつら二人共ややこしいからなぁ!だから泉が俺達で助けてやろうって」



…………なんだよそれ!













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(2013.3.18)
お待たせしまくりで申し訳ありません……
もう少しお付き合いくださいませ!(><)