視線 -6-



- Side-Mizutani -


真っ暗になった世界の中、俺達はとぼとぼと自転車を押しながら歩いていた。
いつも同じ方向に帰る巣山達とは別れて、もうどれくらいになったかな。レンタルショップへの通り道の脇にある小さな公園を目指して、俺と栄口は歩いていた。

ってか!この沈黙がすんごく怖いんですけど!!
そ、そりゃ今まで必要事項とかは喋ってたけど、それ以外で普通に喋るって事が無かったもん!この沈黙の重さは、この間の宣言の事を言おうとしてるのか、それ以外にも何かあるのか、半端無い重さなんですけど!
なんていう俺の心の中の絶叫が繰り返される中、俺達は目的の場所に着いて、公園の中に自転車を持ち込んで停めると、広場を中心に、外側にいくつかの遊具があるだけの小さな公園のベンチに腰を下ろした。

「水谷、体平気?」
「うん。栄口こそ、疲れてんのにこんな遠回りして平気?」
俺は内心のドキドキを隠しながら、なるべく平静を装い、もう反射になってるんじゃないかってくらい自然に、いつもの笑顔を浮かべた。
「うん、俺は大丈夫」
やっぱ栄口平気じゃないんだ……
平気って言葉は、気持ちは辛くても体はなんとも無いときに出るけど、大丈夫ってのは心も体も辛いけど、気持ちで何とかしようとする時に出るんだもん。
あ、これ俺の勝手持論ね。

木を縦に割った切り株風のものを横に倒したコンクリートのベンチは、少しひんやりとしてた。
「今日もホント暑かったねぇ」
「うん、そうだね」
昼間は結構うるさく鳴いている蝉も今は静かで、十時近いこの時間、二人ともが口を噤んじゃうと回りはホントに静かになっちゃった。



……………………



誰か俺に適当な話題を下さい!

いつもなら適当に思いつく事を何も思いつけなくて、俺が段々途方にくれ始めた時、栄口から呼び掛けられて、俺は隣に座ってる栄口の方を見た。
「この間はゴメン、俺、何か気が立ってたみたいでさ……」
俺と目を合わせたくないのか、じっと足元の地面を見ていた栄口は、そう言ってもう一度謝った。
「俺さ、自分で自分の気持ちが分からなくなって……混乱して……それを水谷に見透かされて、すっごい吃驚したんだ、多分」
ぽつりぽつりと、まるで言いながら自分の気持ちを再確認しているみたいな栄口の言葉に、俺はじっと聞き入った。

「ははっホント、自分でも訳が分かんないよ。相手は男なのにさ……ずっと一緒に居たくて、支えてやりたくて……いつの間に、こんなにってくらい……」
だんだん小さくなっていく声が、ちょっとづつ途切れがちになってきた。
きっと涙を我慢してる。
我慢なんてしなくて良いよ栄口。
俺、栄口がどんだけ三橋を好きなのか分かる気がするから。

自分の方を見てくれなくても、それでも相手を想える。
意気地の無い奴、って他の人から見れば言われるかも知れないけど、それでも、俺達は男で、しかもチームメイトだ。その新しい関係を選ぶ事で迷惑を掛ける相手は沢山居る。
それは自分がとても大事に思っている人達だから、尚更傷付けたくない。
それに、栄口の好きな三橋は、中学時代の思い出の所為で、人との付き合いが凄く苦手だ。そんな相手に、自分の気持ちを押し付けるような事を躊躇う気持ちも分かる。
だけど、俺の中には同時に喜んでる自分がいる。
栄口が躊躇っている間に、三橋が誰かのものになるかもしれない、そしたら、俺にも少しはチャンスが巡ってくるかも知れない、なんて考えてる。


うわぁサイテー……



「俺、三橋の事が凄く、凄く好きだ」

そんな俺を見透かしたみたいに、栄口が俺の方を振り向いて、涙が薄膜を作ってきらきらしてる目で俺の顔を見た。
俺の事をその視界の中に入れてくれた喜びと、後ろ暗い気持ちの所為で心臓が跳ねる。
何て言って答えたら良いか分かんなくて、動けずに居ると、栄口は少し困ったように笑った。
「これでこの間の詫び、貰ったから、もう忘れてくれて良いよ」
「へ?」

我ながら間抜けな声を上げると、栄口は喉を鳴らして笑った。
「自分の中でさ、もうこの気持ちが爆発しちゃいそうだったんだよね。でも、水谷に聞いて貰えて少しすっきりした。なんか、気持ちの再確認?みたいなのが出来てさ……でも、水谷からしてみたら、男が男の事を好きになった、なんて話、改めて聞かされるのは良い気持ちしないだろ?だから、俺の話を聞いてくれた事が詫び」
凄く静かな表情でそう言うと、栄口はベンチから立ち上がって、俺の正面に立った。

背中に照明を背負う位置に立った所為で、その表情は少し見え辛い。
けれど、少し困ったような微笑を浮かべている事は雰囲気で分かった。
「ごめんな、水谷。こんな事に気付かせちゃって……買い被りなのかも知れないけ ど、その所為で、お前にも心配掛けて悪かった。巣山にも言われたよ。水谷が何か問題を抱えてるみたいだから、話を聞いてやってくれって。問題って……俺の事だろ?」

そうだよ、栄口の事を考えてる、って言いたかった。
ふと思えば、いつも栄口の事を考えていて、自分でもおかしいだろ、ってつっこみ入れたくなるくらい。
俺は肯定の意味で取られる事を分かってて項垂れた。
栄口の中で、きっと三橋はもうとても大事な存在になってる。
もうきっと、俺の入る余地なんて無い。

「なぁ、水谷……」
「……何?栄口」
躊躇いがちに掛けられた声に伏せていた顔を上げると、今にも涙を零し始めそうなほどに顔を歪めた栄口が俺を見下ろしていた。
「こんな奴がチームメイトで、ごめんな?」
震える声で囁かれた言葉に、俺は息を呑んだ。

「んなっ!そんなの、誰も悪く無いって!」
俺は弾かれたみたいに立ち上がって、栄口の両手を片手づつ握った。
固く握り締められた拳を包む込むように握ると、栄口ががちがちに緊張して、手を冷たくしてるのがはっきりと分かった。
「人が人を好きになるって、絶対悪い事じゃないよ!俺はそう思う。それに、栄口みたいに真剣に誰かの事を想えるのって、俺、すげぇ羨ましい」
言いながら、俺は自分の目元やこめかみの辺りに熱が篭り始めたのを感じたけど、少しでも栄口の事を助けたくて、必死になって言葉を考えた。

「俺でよければ、話くらいいつでも聞くよ?今まで一人で溜め込んでたから、辛かったんでしょ?だからさ、俺の事頼ってくれていいよ」
すらすらと言葉を紡ぎながら、自分の言葉に潜む都合の良さと、自分自身を切り刻むような痛みに、だんだん気持ち悪くなってきた。
例え、話題が恋敵の話でも栄口と一緒に居られる時間を、二人だけの秘密を持つ事ができるなんて嬉しくてたまらない。
こんなあさましい俺には、いつかきっと天罰が下る。
それは二人が上手くいってしまう事かな、とか頭の片隅で考えながら、俺は自分を調子に乗らせてやった。

栄口の手を自分の方に強く引き寄せると、その勢いに負けた栄口の体が前のめりになった。
きっと何が起こったか分かっていない栄口が我に返るまでの僅かな隙に、俺は栄口の肩に両腕を回して、俺の肩に栄口の頭を乗せた。
「大丈夫だよ栄口。俺に出来る事なら何でもやるよ。だから、我慢なんかすんなよ……俺等……」

友達だなんて言いたくなかった。
自分でそれを言っちゃえば、自分で止めを刺しちゃう気がした。
俺は、俺の中の気持ちを殺せない。
栄口みたいに、言葉にする事は出来ないけど、他の人に悟られないように抱えて行く事は許して欲しかった。
「俺等、チームメイトだろ?内野のフォローは、外野の仕事だよ?」
少し茶化した口調で言うと、栄口の体からみるみるうちに力が抜けた。
「み、ず……たに……」
栄口の声が、途切れがちに俺の名前を呼んでくれた。

抱き寄せた背中を、子供を宥めるみたいに軽く叩くと、「子ども扱いするな」って言われたけど、その声は涙の所為で鼻声になってた。
「今の内に泣いたらいいよ。きっとこれから練習厳しくなるから、ゆっくり泣いてる暇なんてなくなるよ?」
自分の声も震えそうになるのを必死になって我慢しながら、俺は夜の公園で栄口と二人きりのこの瞬間に、世界が消えちゃえばいいのにと思った。



栄口が落ち着くのを待って、俺達は公園を後にした。
泣いた事で、少し表情が柔らかくなった栄口は、別れ際にはもう出会った頃のように笑っていて、ちょっとだけ安心できた。
もう結構遅い時間だったけど、俺は栄口と別れて、姿が見えなくなってから一件メールを打った。
相手は巣山。
だって心配かけちゃったもんね。

二つ折りの携帯を開いて、適度に顔文字とかデコを入れ込んだメールを打ち始めたけど、ちょっと考えて、一度全部消した。
それからもう一度良く考えて、真面目に打ち直した。
ちょっと固いかなーとも思ったけど、打ち込んだ文章を一度確認してから送信した。
栄口とちゃんと話して、もう二人共大丈夫だって事と、色々心配掛けちゃった事へのお詫びとお礼を込めた内容で、明日の朝、もう一度ちゃんと言おうと思ってたけど、少しでも早く伝えておきたかった。
だって巣山、凄くいい奴なんだもん。
送信ボタンを押して、送信完了のメッセージが出たのを確認して携帯を閉じると、俺はやっと自転車に跨って漕ぎ始めた。
やばいなぁもう十時回ってる。明日も朝錬あるのに、寝坊しちゃいそうだよ。

心身共に疲労困憊だったけど、何とかペダルを漕いでいると、エナメルバッグに片付けた携帯がメールの着信を知らせて鳴り始めた。
丁度信号待ちで引っかかったから、鞄の中から携帯を取り出して差出人を確認した。
メールは巣山からで、さっき送ったメールの返事だろうなって思いながら、まだ信号が変わるのに時間が掛かりそうだったから、中身も開いた。

内容は栄口からも大丈夫メールが入ったって事と、早く帰って寝ろよって一言。それから──
「巣山ってホント、いい奴だよなー」
俺はそう呟いて顔を伏せた。
こんなの反則だよ〜……嬉しいやら苦しいやら……もう胸一杯だよ……

『辛い事とかあったら遠慮なく言え。友達だろ』
我慢してた涙が出てきちゃって、画面のその文字はゆらゆら揺れた。
帰ったら目元を冷やさないと駄目だ。
でないと絶対腫れて、明日とんでもない顔で部活に行く事になっちゃう。
俺は目の前の信号が変わると、携帯を鞄の中に突っ込んで、今精一杯の力で漕ぎ始めた。
今日はできる限り泣こう。



明日、栄口の前で笑えるように。





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もうちょっとペースアップしたいです(−−;)
もうそれに尽きます……