視線 2 - Side-Mizutani - 気が付いちゃったのはいつだっかな。 四月、ホントはどうしようか迷っていた野球部への入部を決めたのは、同じクラスの奴が二人もいた事と、先輩が居ないってとこ、それからチームメイトが気に入ったからだった。 運動部の縦社会に馴染めない俺は、中学の頃、先輩のパシリやらされてた事もあったりして、厳しそうな部活なら、辞める気満々だった。でも、新設で一年しかいない事、俺以上にびくびくおどおどしているピッチャーや、俺達より少し遅れて入ったマネジの篠岡が可愛かった事とか色々理由はあるけど、一番の理由は、多分栄口が居たからだと思う。 栄口は凄く良い奴だ。 あの大魔王阿部と同じ中学出身で、チームは別だったらしいけど、同じくシニア出身で、部の中で経験値が高い部類に入る栄口は、ピッチャーにかかりきりになっている阿部の代わりに、監督に言われたからだろうけど、俺達に硬球の扱い方を教えてくれたり、何気に三橋に対して冷たい事をいう阿部を宥めたり、色々と世話を焼いてくれた。 だからなのかな、と最初は思ってた。 部活を始めて一週間ほどした頃、それに気が付いた。 栄口の視線の先には、こっちに背中を向けてグラ整をやっている三橋がいた。 初顔合わせから一週間以上経っていて、チームメイトほぼ全員が打ち解け始めている中で、一人頑ななくらい輪の中から外れている三橋は、誰とでもフレンドリーな俺でも、ちょっと声を掛け辛い。 「さっかえっぐちっ!」 「うわっ!」 一際大きな声を出して、栄口の肩に掴みかかると、栄口は本気で驚いてた。 「何見てンの?」 「もう、水谷かよ。吃驚させないでくれよなぁ〜」 グラ整用のトンボを抱えるように持った栄口は、いつものほわっとした笑顔で、眉毛だけ困らせた。 「別に何も見てないよ。ちょっと考え事。それより水谷は、合宿の準備とかもうした?」 話をはぐらかされた感はあったけど、栄口を困らせたくなかったから、その時はそれ以上何も言わずに、振られた合宿の話に切り替えた。 ゴールデンウィークに入ってすぐに始まった合宿は、結構楽しかった。 すっごい古い宿舎にはちょっとびびったけど、自分達で取ってきた山菜の天ぷらは凄く旨かったし、皆で雑魚寝とか枕投げやったり、午前中のボランティアも、体は疲れたけど楽しかった。 そして俺達の初練習試合を明日に控えた夕方、山菜取りに出掛けたグループの中で、三橋の話題になった。 三橋は、大魔王阿部曰く、凄い技術を持っているけど、うじうじぐちぐち鬱陶しい奴、って事だった。けど、そう言いながら、今日は球の速度が上がったとか、地味だけど、やっておくべき練習をこつこつこなしてるとか、嬉しそうに喋り返して来てた。 素直じゃないよね、阿部って。 「しっかし、あんなピッチャーで、試合大丈夫かな」 そう言った花井の言葉に、皆顔を見合わせた。もちろん俺も。 確かに頼りない感じだもんな。でも…… 「でもさ、阿部の話だと、スピードもかなりアップさせてんだろ?それに、まがりなりにもエースナンバー背負ってた奴なんだから、ある程度はやると思うけど?」 おお、自分でも吃驚だ。 すらすら出てきたフォローの言葉に驚いた。うん、そうだ。頑張ってる奴だっていうのは分かる。でなきゃ阿部も誉めないし、栄口もあんなに三橋の事を見ない。 ん?栄口?なんでここで栄口なんだろ? 「そうだよね。もし打たれても、俺達でカバーしてやれば良いんじゃないの?ちょっと体調悪そうだけど、打たせて取るって方法もあるしね」 「おお!サードは俺に任せろ!」 田島の元気一杯の声でその話は打ち切られて、それ以上、三橋の事を誰も何も言わなかったけど、俺は胸の中で何か気持ちの悪いものが、もぞもぞと動き出したのを感じて、胃の辺りに手を当てた。 体の調子が悪いんじゃなくて、気持ちの調子が悪いのはすぐに分かった。 何で、栄口は三橋が調子悪いなんて分かってるんだろ、そういえば目の下に隈作ってたっけとか、色々考えちゃって、その日の夜、俺の眠りはちょっとだけ浅かった。 だって俺だって皆と一緒に練習してんだもん。疲れてるっての。 そうして迎えた練習試合の日。 三橋が心底嫌がってた相手チームが、グラウンドに姿を現した途端、投球練習中だった三橋は物凄い勢いでその場から逃げ出し、俺達は呆気に取られて見送ってしまった。 それからはっとして、後を追いかけようかと身を乗り出しかけたら、「阿部君だけでいいよ」とモモ監に止められた。 確かに、阿部とバッテリーを組む以上、阿部と一番仲良くならなきゃいけないのに、今までみたいな感じだと、これから先ずーと無理だって思う。そこを何とかする為の切欠になるかも知れないもんな、と俺達は大人しく引き下がった。 そして、また見ちゃったんだよね。 栄口の心配そうな顔の中に浮かんでた、寂しそうな目を。 暫くして戻ってきた二人は、今までの仲の悪そうな感じがかなり薄くなってて、俺達全員が驚いてたのは内緒。 二人で消えてた間に何かあって、仲良くなって帰ってきた。なんてったら少女漫画じゃ定番だよねぇ? ま、その時はそこまでは思わなかった。ただ、普通に仲良くなる何かがあったんだとしか考えてなかった。 ところで、俺は同性同士とかいうのに、何の考えもこだわりも無い。 むしろ、そういう関係を築く勇気のある人達なんだと、ちょっとした尊敬すら持っちゃう。異性に告るだけでも凄っごい勇気がいるのに、それでも世間一般からどう見られるか分かってて、ぶつかる勇気を持てるって言うのは羨ましかった。 だから、栄口の視線にも気が付いたのかな。 「目は口程に物を言うって」言葉があるけど、昔の人ってホント良い事言うよね。 練習試合の始まる前、監督が俺達に向かって、「三橋君が欲しい?」って聞いて来た時、阿部が真剣に「欲しい」って叫んだのには驚いた。 それからその目にも。 だって、阿部っていつもは凄いクール、否、冷たいのに、その時の真剣な様子は、大事なピッチャーが欲しいって感じだけじゃなかった。 だからその後、「エースが欲しい?」って聞かれた時、つい俺達も圧倒されちゃって、「欲しい」って答えてた。 横目で栄口の顔を盗み見しながらね。 試合の間も、栄口から目が離せなかった。 ベンチで打順待ちしてる時も、守備についている時も、栄口の視線は、三橋に集中している事が多かった。 ああ、やっぱりそうだ。栄口は三橋の事好きなんだな。 そう思った瞬間、よく通る金属音がしたのと同時に、俺の中のどろどろした物が、急に鋭い針を持ったみたいに、心を貫いた。 相手チームの四番の打った球は、綺麗な放物線を描いて、レフトに入ってた俺に向かって飛んでくる。 「オーラーイ」 俺は声を出しながら、グローブを構えて打球を目で追った。楽々キャッチしてアウト一つ取れた。 は ず な の に! 打球は俺を通り越して…… …………落ちた。 慌てて拾って返したけど、ホームにいる阿部からは、物凄いオーラが出ていて、俺は軽く命の危機を覚えた。 どうしよう!とか思って青ざめてる間に、次の5番がホームランを打っちゃって、あっという間に逆転された。 トホホォ……やっぱ俺のエラーが原因だよねぇ…… 何とか後続を打ち取って、チェンジになったのは良いけど、三橋はベンチに入らなかった。 顔を合わせたらすぐに謝ろうと思ってた俺は、声を掛けそびれたまま、ベンチ脇の壁の影に入って、座り込んでしまった三橋の様子を窺う事しか出来なかった。 阿部が戻るなりフォローに行ってたけど、すぐに監督に呼ばれて返って来ちゃって、俺はますます声を掛けられなかった。 その後、満塁になったところでヒットを飛ばしてくれた田島のお陰で、一点入った。 ううっありがと田島。俺の気持ちも少し浮上したよ。 ベンチに帰ってきた田島は、なんと三橋を連れ戻してくれてたりもして、俺も漸く三橋に声を掛ける事が出来た。 一緒にいた栄口も、三橋に世話を焼き始めて、三橋と何とか話せた嬉しさがあった反面、また胸の中の針が、ちくちくと心をいたぶった。 ああ、栄口。何でそんなに嬉しそうなのさ。 それからまた半月程して、俺達は練習試合を何度かやって、高校に入って始めての定期試験期間に入った。 モモ監からの指令で、赤点絶対回避を指示された俺達は、三橋の家に集まって勉強する事になった。 まぁ普通にしてても、俺は赤点を取らないと思うけど、苦手科目を教えて貰えるのは助かる。 野球部メンバー全員でお邪魔した家はでっかくて、俺はちょっと驚いた。 うちもこれくらい広けりゃ良かったのにな、とか思いながら、勉強の準備を始めた所で、三橋のおばさんが帰ってきて、いきなり三橋の誕生日パーティが始まった。 中学の時は、野球部でのいざこざの所為で、こんな事やった事無いと言っていた三橋が楽しそうなのは、見ていた俺達も嬉しかった。 だってさ、あいつっていつも教室で自主練してるって聞いてたし、この頃漸く俺達にも打ち解けてきてくれた三橋に、おめでとうって言ってあげられるのは、ちょっとした恩返し?みたいな感じだった。 だって、三橋が頑張ってくれてるから、俺達も試合に勝てるんだもん。 俺も、もっと打てるように、練習頑張らなきゃな。 おばさんが用意してくれたご馳走を食べたり、三橋の9分割を見せて貰ったりした後、ちょっとだけ勉強した俺達は、結構遅くまで三橋ん家にお邪魔させてもらってた。それから皆と一緒に帰る事になったけど、俺は用があるからと言って、栄口と二人だけになれるように仕向けた。 自分で自分の行動に吃驚だよ! 俺、何してんだ?これじゃ俺の方が少女漫画のヒロインじゃん! 可愛い嘘をついて、好きな奴と二人になった所で告白とか、姉ちゃんの持ってる漫画とかで良く見るけどさ! 俺、栄口に何言うの? 「三橋、ホントに変わったよねぇ……セカンドから見てても、三星戦の時から比べて、マウンドの上でビクつかなくなったし、今日だって、自分から声掛けてきて、皆を呼んだり。ちょっと前からは想像できないよねぇ」 栄口の言葉に、俺の心臓がドクンと音を立てる。 栄口の口から、三橋の名前を聞きたく無いと思ってる自分に気が付いて、目の前が暗くなる。 三橋は俺達の大事なピッチャーだし、友達だと思ってる。なのに、そう思っちゃうくらい、俺は…… 「栄口、三橋の話しばっか」 「え?そう?」 「うん。ま、三橋の成長を見守っている栄口としては、気になるの分かるしね」 つい口からでた言葉に、笑顔が張り付いてる顔とは裏腹に、胸の中で暴れ回る何かが、咆哮を上げた。 栄口はまだ自分で気が付いて無いのに、こんな事言っちゃったら、焚きつけるみたいじゃかいか。 ほら、栄口が俺の事、変な事言う奴って感じで見てるじゃん。 「えー?だってさぁ、栄口だけじゃん?阿部を宥められるのって。んで、三橋があんまり落ち込まないようにフォローしてさ、俺いつも凄いよなぁって思いながら見てんだけど」 「っああ、まぁ確かにね。だってさ、阿部って言葉キツイし。あんまり言い過ぎると、三橋のおどおど病がひどくなりそうで心配しちゃうんだよね」 栄口が一生懸命ごまかそうとして話すのを聞きながら、俺もある程度話しを合わせて上げると、栄口の顔に、あの優しい笑顔が浮かんで、急に頭に血が上った。 いつもは三橋に向けてる、俺が見ていたくない顔…… 「それにしても、俺そんなに三橋の事見てたかな……何か変な人っぽい?」 「そんな事無いよぉ」 うん。栄口はおかしくないよ。 おかしいのは俺だ。 「だって、栄口。三橋の事好きでしょ?」 ああ、言っちゃったよ。 「へっ?」 ほら、栄口が絶句しちゃったよ。 「知らなかった?俺も、栄口が三橋の事見てるみたいに、栄口の事見てるよ?」 そうだよ。俺、いつも見てる。 三橋を見ている栄口を見て、ムカついてる。 ……俺、栄口の事が好きだ。でも、栄口が三橋を好きな事も知ってる。 それから阿部も、三橋の事を、何よりも大事に思ってるって事もね。 「な、何だよそれー!何か水谷の言い方だと、変な意味で俺が三橋の事好きみたいに聞こえる」 おどけてから笑いすると、栄口は自転車に跨った。 「ほら、冗談言ってないで早く帰ろうぜ。まだ肌寒いんだから、風邪引いてテスト受けらんないなんて事になったら、試合出られないよ!」 あぁ……墓穴掘って、自爆しちゃったよ、俺…… 「そうだよね。監督、ホントに出してくれなさそうだもんなぁ」 目に溢れそうになった涙を誤魔化そうと、一瞬俯いた後、俺は栄口の耳が赤くなっている事に気付いて、また胸がムカムカしてきた。 でも、必死になっていつもの笑顔を張り付かせると、それ以上何も言えなくて、暫く行った所で分かれるまで、他愛も無い話をした。 例え僅かな時間でも、俺の事だけ見てくれてる栄口といられるのは、凄く幸せな事だと気が付いた。 ←BACK NEXT→ 何だか一番BLっぽい話。 見ているだけでは駄目なんだけど、それを口にして伝えた時、それまでの関係までもが壊れてしまう。それが怖いのに、気付いてしまった事を、人は言わずには居られない……そんな感じです。 |