恋愛tactics

このところ、あいにくの天気が続いている事は、酷く残念な反面、とても嬉しいことだった。
夏休み中の合宿も終わり、もう数日もすれば甲子園での熱戦が繰り広げられる。
その切符を手にしていない自分達はその間、次に控える大会に向けての練習に余念が無いが、それでも、狭いグラウンドや学校設備の使用の兼ね合いの関係で、今日のように不意の休みを得る事が出来る。

両親が共に働きに出ている三橋の家は、この時、二人だけの城へと変貌する。

二年に進級し、後輩達からも良く慕われている西浦のエースは、相変わらず勉強が苦手で、つい先ほどまで、夏休みの宿題と格闘していたのだが、間違いを指摘するためにノートを指差した時、ニアミスのようにその手に触れてしまったのがまずかった。
今日は、この雨を利用したミーティングのみの休養日であるし、一人で家にいれば、雨の中でも構わずに投球練習をしかねない三橋を見張りつつ、宿題を仕上げさせる良い機会だと思って訪ねたのに、と自分を必死に戒めようとするが、全く上手くいかない。

「あ、べ……君……」

かすれた声には、熱と要望が込められている。
それを感じ取ってやれないほど、もう自分は未熟ではないのだと思いながらも、それに乗ってしまうほど子供ではないはずだと理性を奮い立たせてみるが、彼を知っている体の反応は素直すぎる程だった。

きつく目を閉じ、まだ今日の予定分の宿題が終わっていない事や、体を労わらなければならない事を説明して見せたが、ノートの上に置かれたままだった自分の手に、その努力の結晶の一つであるごつごつとした手を重ねた三橋は、口を引き結んだまま、汗を滲ませた手に少し力を込めた。
これ以上触れ合っていては駄目だと、勢いに任せて目を開いた阿部の視界に飛び込んできた三橋は、これ以上ないというほど切羽詰った顔で、テーブルを挟んで向かいあう自分を真直ぐに見つめている。
けれど、突然視線が絡まりあった事に動揺したのか、まるで試験紙のような速さで赤く顔を茹で上げた三橋は、いつも通り視線を右往左往させた後、俯きながらもはっきりと、決定的な言葉を紡いだ。

「オレ……シ、たい……デス」

こんなに可愛い恋人は、この世の中に二人とはいないだろう。
否、居る筈が無い。

阿部の理性は、こうして本能に負ける。



重ねられていた手を掴んで引き寄せると、テーブルの上に広げられていた教材やノートを蹴散らし、そこに膝を乗せる。
「阿部君、ひ……」
一年の時に負った膝の怪我以来、何かにつけて労わってくれる三橋の言葉を自分の唇で封じると、抱き寄せた体の感触に全身を巡る血が、一気に温度を上げる気がする。
思えばかなり久し振りのそういう触れ合いだ。
三橋も自分から言い出すくらいなのだと思うと、充分満足させてやらねばとやる気が湧き上がり、阿部は口元をたわめた。

「そんなに、俺の事欲しかった?」
重ねては離し、離してはまた重ねる口付けを交わす合間にそう尋ねると、三橋はそれに答えるように鼻を鳴らしながら、自ら動いて唇を重ねてきた。
それが嬉しい反面、久し振りの触れ合いに悪戯心も頭をもたげて、阿部はわざと顔を傾けて反らし、頬に三橋の唇を導こうとすると、それが不満だったのだろう、三橋の眉が僅かにひそめられた。

その大きな飴色の瞳は、雄弁に「分かっているのだろうに」と語っているが、それを言葉で紡いで欲しくて、キスをやめ、抱き寄せていた体を離すと、三橋は困惑したように表情を曇らせる。
誰よりも愛しい恋人の不安や不満など、いつもならさっさと取り除いてやるのだが、今日は少しばかり自分にも我慢を課す事にして、阿部はじっと三橋の唇が開かれるのを待った。
が、そんな阿部の思惑は相手に通じなかったようで、三橋はその場に立ち上がると、繋いだままだった手を引っ張るようにして阿部も立ち上がらせ、そのままくるりとテーブルを回りこんだ。

何がしたいのかと黙って成り行きを見守っていると、三橋はベッドサイドに立つなり、向かい合うように立った阿部の体に両腕を回した。
そしてそのまま腕で作り上げた輪の中に、阿部の体を閉じ込める。

自分が三橋に抱きしめられているのだと理解した瞬間、頭から蒸気が噴出すのではと思うほど顔が熱くなった。
ぴったりと寄せられた体を抱き返す事も思いつけないほど動揺している阿部を余所に、鎖骨に額を押し当てた三橋が、ぐりぐりとそれを左右に動かした。
まるで駄々をこねる子供のような行動に、愛おしさがもたらす笑みを浮かべると、頭にも少しばかり余裕が戻ってきて、阿部は三橋の体を抱き寄せた。

本当は、三橋の頬に手を添えようとしたのだが、日々鍛え上げている三橋の腕の力はかなりのもので、拘束を解く事は難しそうだった。
頼んだり、力ずくで解放して貰う事は簡単なのだとは思うけれど、三橋のしたいようにさせてやろうと決めて、阿部は背中の下の方に手を添えた。

その瞬間、三橋の体が小さく跳ねる。
少し昔なら、まさか自分に怯えているのではと疑うところだろうが、今はその反応が別種のものだとすぐに理解できた。
少し不自由な状態ではあったが、左手で三橋のカッターをズボンから引き抜きつつ、右手は背骨に添ってゆっくりと、そっと触れる程度の距離を保って動かす。

それだけの愛撫ではあったが、三橋の変化は顕著だった。
胸元に掛かる吐息は熱く、時折かすかに小さな声が洩れる。
触れ合った腰の辺りの変化も感じ取って、阿部は人の悪い笑みを再び口元に刻んだ。
本当は、もう襲い掛からんばかりの勢いで三橋を貪りたい。
自分が暴走気味の行為を強いた時、三橋もまた壮絶な色香をまとって貪欲に求めてくれるのを良く知っている。
しかし、今日はそんな事をするわけにはいかない。
明日からの練習メニューを考えれば、今日無理をさせてしまうわけには行かないのだ。

だからここで引き返せオレ!
と阿部が自分に言い聞かせた瞬間、阿部は三橋の手の動きに気付いて自分の手を止めた。

くったりと頭を阿部の肩に預けたまま、いつの間にか拘束を解いていた三橋は、阿部のカッターもズボンから引き上げると、ベルトの金具に手を掛けた。
そして、他人のベルトを外すなどという慣れない作業の所為か、じれったいほどのもどかしい手つきで漸くそれを成し遂げた三橋は、頭を上げ、阿部の顔を見上げると相好を崩した。

満開の花を思わせる、時折閃く無邪気な笑みではなく、その中に明らかな劣情を潜ませたそれに見惚れていると、先ほどのキスの余韻か、それとも自分で湿してしたのか、艶を帯びた薄い唇がほころんだ。
「阿部君の、も、おっ……」
言葉を封じたかったのと、キスをしたかったのと、その両方の意味合いを込めて口付けると、三橋はそれを待ち構えていたかのように舌を絡ませ、阿部のベルトから手を離した。

自分の物の状態を口に出されるという思わぬ羞恥プレイのお返しとばかりに、三橋のシャツの下に手を差し入れ、左手は胸元へ、右手は背中へと回して肌に直接触れてやると、何度も三橋の体がびくんと震えた。
腕の中、自分の愛撫に素直な反応を返してくれる三橋の弱いポイントの一つ、胸元のとがりに指先を絡めると、鼻についた声が三橋から洩れて、阿部は口を彼の耳元に寄せた。

「今日はやけに積極的じゃねーの……でも、最後まではしねーからな」
「っな!……はぁっ……!」
自分の言葉に、三橋が抵抗する事を予測していた為、三橋が体を離そうとする瞬間に耳朶を唇で舐め上げつつ、背中に添わせた右手で骨盤の辺りをそっと撫でつける。
不意の愛撫に三橋は更に大きく体を跳ねさせ、体を小刻みに震わせ始めた。

「な、なん……で……?」
半ば泣きながらの問い掛けに、阿部は右手を更に下ろし、三橋が更に感じるポイントに指先を添えた。
それだけでまた吐息に篭る熱が上昇するのを感じながら、阿部は緩く自分を受け入れてくれる場所の入り口周辺に指を這わせた。
三橋の唇から切なげな吐息が零れ、くつろげた前立てから覗く下着に隠されたものが、固く張り詰めている。
彼とそう変わらない状態の自分の下肢でそれを確認しながら、阿部は伸ばした舌先で三橋の耳を蹂躙した。

「さっきも言っただろ?今日は休養日なんだし、まだ、宿題も……」
柔らかな耳たぶを食みながらそう囁くと、甘い吐息の中に不満そうな唸り声が混じる。
思わず苦笑した瞬間、三橋の腕が再び阿部の腰に回され、がっちりとホールドされた。
一体何がしたいのかと問いかけようとした瞬間、腕に更なる力が込められて、気が付けばわずかばかり体が持ち上げられていた。

「は?」
と間の抜けた声を上げた刹那、三橋は阿部の体を抱えたまま背後へと倒れこんだ。
三橋の大きなベッドのスプリングの跳ね返りを心地よく思うより先に、自分の体で押し潰すような形になっている大事な恋人でありエースの所業に、阿部は全身から血の気が引いた。
「てめっ!何考えてやがる!!」

慌てて体を起こし、三橋の顔を覗きこむと、三橋も思わぬ衝撃だったのか、小さく咳き込みながら、涙に潤んだ瞳で、恨めしげに阿部を見上げた。
「お、オレ、シたいって、言った!」

ぽろぽろと涙をこぼしながら、三橋は徐々にしゃくり上げ始め、阿部はまじまじと彼の顔を見つめた。
「三橋……?」
「凄く、はずかし、かったけど、阿部君、オレが言う、の、嬉しそう、だから……」
だから言ったのだ、と泣きじゃくり始めた三橋の様子に、阿部はがっくりと頭を垂れた。

「ゴメン、三橋」
小さく、けれどしっかりと謝罪すると、阿部はまだ涙をこぼす三橋の目元に唇を添えた。
恥ずかしがりやで、引っ込み思案で。
自分からの行動が苦手な恋人の精一杯の主張に有頂天になってしまっていた自分を恥じながら、阿部は三橋にキスの雨を降らせた。

「お前がしたい、って言って、俺がそれを受け入れた時点で、もう契約成立だよな」
自戒の意味を込めてそう言うと、三橋は漸く固く閉じていた瞼を薄く開いた。
それが嬉しくて、無意識に頬を緩めていると、三橋の顔にもまた同じような笑みが浮かんだ。
「俺もまだまだガキだな」
唇に触れるだけのキスを降らせて呟くと、三橋はふるふると首を振った。
「阿部君は、俺より大人、だ」
やけにはっきりとそう言い放つ三橋の様子に首をかしげていると、三橋は柔らかい笑みをこぼした。

「だって阿部君は、いっつも、れーせー、だ」
少し舌足らずな口調で紡がれた言葉に、阿部は思わず噴出してしまい、そのまま暫く笑いの発作が治まらなかった。
あまりに笑い続けている為、三橋が心配そうに首を傾げたのを目にして、何とか発作を鎮めると、阿部は三橋の濡れた目元を舐め上げた。

「俺は、ちっとも冷静なんかじゃねーよ」
中途半端に乗り上げていたベッドに膝を上げ、上半身を起こすと、阿部は纏っていた服を脱ぎ捨て、上半身を露にした。
馬乗りの形で乗り上げられている三橋の顔を見下ろしていると、泣いていた間に消えていた色味が、少しづつ戻り始めている。
それを見届けると、阿部は捕食者の気配をまとって唇を舌で湿らせた。

「いっつもお前の事で頭が一杯で、破裂しそうだっての」

その言葉を聞き届けた瞬間、三橋の顔には勝利者の笑みが浮かんでいた。




(2009.8.16)
こういう二人の間で駆け引きっていのうに、阿部はそうと知ってでも、知らずにでも、いつも負けていれば良い(笑)
本当はこの後のホンバンを書こうと思っていたのに、あまりに前振りが長くなったのでカットしました(−−;)
その辺はまた改めて!