Rainy Tiny Days







--------- Hanai **


ふ、と意識が浮上して目が覚める。ぼんやりとしたまま、傍らにある目覚まし時計を引き寄せて時刻を確認する。
「……何だよ…」
深々とため息が漏れてしまう。花井はぐりぐりと枕に顔を押し付けてから、ゆっくりと起き上がった。


いつも起きる時間より、30分早く目が覚めてしまった。もう一度寝たくても、二度寝してしまえば30分後に起きるのが辛くなってしまう。
こうなったら、起きてしまう方がいい。
大きな欠伸をかみ殺しながら布団を抜け出ると、カーテンを開けた。
「…雨、降ってる」
窓の外に広がる、灰色のカーテン。さぁぁぁと音を微かに響かせながら、霧のような雨が世界を覆っていた。
「練習、休みかな」
休日の今日は、朝から晩まで練習に明け暮れることができるのに。いくら練習が厳しくてへとへとになっても、止める気などないし、こうして練習が潰れてしまうと落ち着かない。
もうしばらくすれば、練習休止の連絡があるはずだ。各自で自主トレをすることになるのだろうと、花井は大きく伸びをする。


ふと、どうするのかな、という思いが生まれる。
練習が中止になれば会えない、そばかす顔が脳裏に浮かぶ。きっと盛大に悔しそうな顔をして、それからランニングでも始めるのだろう。
この雨の中、と視線を外へ向けた。
ピリリリ、と携帯がメールの着信を告げて鳴る。手にとって確認すれば、案の定練習中止を知らせる内容だった。
連絡網で回すようにと注釈されたメールを読んで、副主将二人のメールアドレスを呼び出す。
練習中止、と簡潔に用件を打ち込み送信すると、少しためらってから花井は新規作成のメール画面を表示させた。


数分後には、練習中止の連絡が全員に回る。花井の役目は終わっていた。
チカチカと点滅するカーソルをしばらく眺めてから、花井は一言だけ打ち込む。宛先を設定して、一呼吸置いてから送信ボタンを押した。
「…とりあえず、素振りでもすっかな」
負けてられないし、と小さく呟いた花井の口元は、微かに笑みを浮かべていた。





--------- Tajima **


「えぇぇ!嘘っ!」
最大限のボリュームに設定されている携帯が鳴り響き、熟睡中だったところを起こされた。
半分眠った状態で着信したメールを開いた瞬間、大声で叫んで布団から飛び上がる。
何度見直しても『今日の練習は中止』という文面は変わらない。うぅ、と田島は呻いてがっくりと肩を落とした。
のろのろと動いて窓まで移動する。めくったカーテンの隙間から見えたのは、どんよりとした一面の雲とやみそうもない細く降りつづける雨の糸。恨めしげに眺めても、太陽は分厚い雲に阻まれて出てこなかった。


グランウンドに一番乗りしようと、枕元に用意していたユニホームが悲しい。
「あーあ…」
田島は盛大に息を吐き出して、がしがしと頭を掻いた。
一日中練習する気満々だった気持ちが、しおしおとしぼんでいく。もちろん自主練をすればいいし、する気ではいるけれど、気持ちが沈むのには原因がある。
休日は、練習がなければ会えないのに。へにょん、と眉を下げて困ったように笑う顔が浮かんだ。
あの顔が練習中は、鋭い視線を自分へと向けてくる。それが心地よくて、練習にも熱が入る。背中を射る様に見つめてくる花井の顔を思い出して、背中がぞくっと震えた。


布団の上でしばし呆けていると、また携帯がメール着信を知らせて鳴った。
「うぉあっ!びっくりしたー」
不意打ちに驚いて転がしていた携帯を拾い上げる。何も考えずにメールを開いてから、田島の目が大きく見開いた。
たった一言のメール。それでも、田島の気分を浮上させるのには充分で。
にしし、と満面の笑みが広がった。
「うーっし!ランニング行くぞー!」
すっくと立ち上がり、田島は大きく宣言する。共鳴するように、飼っているにわとりが鳴き声を立てた。
ぐりぐりと肩を回して、上機嫌でメールに同じく一言返信する。
「母さーん!ランニング用の服ーっ!」
叫びながら廊下に出ると、足音荒く台所へと走り出した。




『明日学校で』 (今日は会えないけど)
『明日な!』  (明日会えるから)









(2010.1.17)
VARIOUSSTREの葉良さんにリクエストし、頂いたキリリクSS。
いつも大変お世話になっております!
因みにリク内容は「野球もいちゃいちゃも出来なくて、でもなにやら幸せそうな雨の日の二人」(←鬼)