warm winter

その違和感を説明するのは難しかった。
ただ何となくおかしいと思った。ただそれだけ。

あいつはいつも通り朝練にも参加してたし、昼に顔を合わせた時も、にこにこと笑ってた。
けど、何かが違った。
あいつ──水谷は、その日少し様子がおかしかった。



「お疲れ様―」
「んじゃ、おっさきー!」
今日は少しばかり練習が早めに切り上げられた所為なのか、皆で揃って帰るようなことは無く、帰り支度の整った奴から順に、ばらばらと自分のペースで帰っていた。
日もとうに暮れいて、他の部の連中も居ないのか、部室の中は凄く静かだった。

部誌と、鍵の当番だった俺が一人で居るっていう訳じゃなく、もう一人だけ、水谷が居るのに、狭い部室の中は、水を打ったように静かだった。

俺は、こういう沈黙の降りた雰囲気は嫌いじゃない。
静かに物を考える事も出来るし、本を読んだりするにも集中できるから、むしろ好きだとも言える。
けれど、普段の水谷はそれを嫌っていた。

水谷は、元から沈黙を苦手にしている。
自分以外の誰かが居るなら、必死になって話をしようとするし、一人の時は音楽を聞いて静けさから遠のいている。
それは俺と二人だけの時もそうで、寝ているとき以外、水谷が沈黙を三分以上守っているのを見た覚えが無い。

もちろん、俺はそれも嫌じゃない。
喋っているときの水谷も、静かに寝入っている時の水谷も、凄く凄く好きだ。
けれど、それを口にしてしまうのはまだ恥ずかしいから、水谷とそういう付き合いをするようになって数ヶ月、まだ正面切って好きだと言えていない。
っていうか、俺に言わせる隙を、水谷が作らないって言うのも問題なんだよね……
まァそれはさておき、そんな水谷が、この沈黙を良しとしているなんてすっげぇ変だ。

こりゃ絶対何かあったな。

「水谷」
着替えの手の止まっている背中に声を掛けると、肩がびくっと震え上がった。
何だか三橋みたいだな……
「な、何?栄ぐ……あっとゴメン!すぐに着替えるからね?!」
我に返ったように慌てて手を動かし始める水谷を見ていて、俺は少しだけ悲しくなった。

俺と水谷は色々あって、今は頼りあうチームメイトや友達といった関係の他に、もう一つ恋人という関係も結ばれている。
もちろん、同性同士なんて、世間一般の目から見たら、凄く奇異に写るのは分かってる。
でも、俺も水谷も、互いにたがいを必要としていて、凍えまいと、互いの肌の温もりを分け合っている。

いずれ終わりが来るだろう関係だろうけれど、今はまだそうじゃないはずだ。
それなのに、水谷は何かを一人で抱え込んでいて、それを俺に喋らない気で居る。
それってどう?
俺はそんなに頼りない訳?

そう思うのと同時にでも、と考える。
俺だって人に言えない、言いたくない秘密もあったりするし、水谷に言う必要は無いかと思って、言っていない事だって一杯ある。
自分を頼ってもらえないからと言って、水谷を責めるような事を考えるのは、ちょっとお門違いだな、うん。

けれど、じゃあそのまま水谷が浮上するまで放っておくのかってなると、それは話が別。
俺、結構人を構いたい人間なんだよね。

とっくに書き終っていた部誌を、わざと大きな音をさせて閉じると、帰り仕度は出来たみたいだったけど、まだ俺に背中を向け、自分のロッカーの中を弄ってた水谷に、僅かな緊張が見えた。
「なぁ水谷。ちょっとこっち来てくれる?」
優しくそう言うと、油の切れた機械みたいな音がしそうな程、ゆっくりしたぎこちない動作で、水谷が振り返った。
……ホント、三橋のお株を奪っちゃうね。

「何?さかえぐち……」
──何か心当たりがあるな、こりゃ。
問い詰めて、全部喋らせても良いけど、今日はちょっとやめとこう。
俺は何も言わずに手招きすると、それに大人しく従った水谷に、俺と入れ替わりに部誌を書くために用意されている椅子に座るように指示して、座った水谷の正面に立った。
「どうしたの?さかえぐち」

うわーなんか阿部の気持ちも分かるかも。
怯える水谷なんて珍しいものを見ちゃうと、ちょっといじめてやりたくなるなー……
っと、脱線脱線。
俺は満面の笑みを浮かべると、そのまま水谷の太ももに跨った。
「ぅえ?!ちょっっ栄口?!」

うろたえてるなー
そんな水谷を可愛いと思う俺って、どっかおかしいかな?

あーでも、多分水谷が許してくれるから良いや。
そんな事を思いながら、俺は胸元にある水谷の頭に手を添えると、そっと抱きしめた。
「さ──」
「俺にぶちまけちゃえよ」
体を強張らせた水谷に、俺はそっと囁いた。

「何があったかしらないけどさ、お前落ち込んでるだろ?そんな気分なんて、全部が着だして忘れちゃえよ」
小さな子供をあやすみたいに、優しく背中を叩いてやると、髪から覗く水谷の耳が赤くなって、小刻みに震えた体が、服越しにでも分かるほど熱くなった。

「栄口のいじめっこ……」
何だそれ。
ちょっと心外だ。
そう声に出そうとした瞬間、水谷は「でも」と呟いた。

「だいずぎ」

これでもかってくらいの鼻声に、俺は噴出しそうになるのを必死で堪えた。
何があったのかは知らないけれど、水谷は本当に凄く落ち込んでたんだな。
どうやら俺の胸で声を殺して大泣きしている水谷が落ち着くまで、俺はずっと水谷の背中をさすり続けた。

しゃくり上げる水谷は、普段よりも子供っぽく見える。
そんな初めて見る水谷の姿に、俺は不謹慎かも知れないけれど喜びを感じてた。

こんな風に、誰も知らない水谷の姿を見ることができるのが凄く嬉しい。
そして、そんな姿を俺に見せても良いって思ってくれた水谷の気持ちが嬉しかった。
こうやって、少しづつ二人だけの思い出を積み重ねていったら、もしかしたら二人で幸せになれる未来をつかめるかも知れない。

そう思うと、俺は何だか我慢が出来なくなってきて、水谷の頭にキスを落としていった。
場所を替えて何度もそうしているうちに、水谷も落ち着きを取り戻し始めて、顎を上げた水谷は、ねだるような視線で促してきた。
う。俺、から?

ちょっとためらっていると、さっきまで泣いていた所為で目がかなり潤んでいる水谷は、悲しげに眉を下げた。
やばい。俺この顔に弱いんだよ。
「……ずるいぞ水谷」
「栄口が俺を甘やかしてくれるのが悪い」
俺がたしなめるように言うと、水谷はぶぅと頬を膨らませて見せて俺はちょっと笑った。
そうだよな、俺が先手を打ったんだもんな。

笑いながら少し狭い額に口付けると、水谷はくすぐったそうに声を上げた。
そうしているうちに何だか楽しくなってきて、俺は段々調子に乗ってしまった。
水谷もくすくす笑いながら徐々に行動を大胆にさせていって、偶然唇同士がかすれたのを契機に、俺と水谷は互いの薄い唇に唇を重ねた。

今この時が止まれば良いなんていう思いは、何て幸せなんだろう。
季節がら、暖房をつけないと寒い部室の中でも、俺はいつの間にか俺の体に腕を回していた水谷に抱きしめられながら、胸に灯った柔らかな温もりに頬を熱らせた。



<2008,12.5)
水谷を甘やかしている栄口を書きたかったのですが、ただの甘々テキストになってしまいました(−−;)
何となく、水谷は見栄っ張りだろうなと思うので、何があったのかは知りませんが(←おい)二人で温かくなっていれば良いと思いますv