we wish -3-


積極的に悪巧みに参加しなさそうな、沖、巣山、西広からあっさりメモを手に入れた阿部だったが、それ以外のメンバー、泉、栄口、田島、浜田、水谷、からのメモ入手は困難を極めた。
まず泉がどこにいるのか分からず、1組の教室にいた栄口からは、三橋に対する態度について懇々と説教をされ、9組の教室で見つけた水谷は、なぞなぞを繰り出し、問答無用でメモを取り上げようとすると、泉に連絡を入れると脅され、田島と浜田は、腕相撲と指相撲を挑まれた。

水谷は早々に片付けて、肩も良い田島の、改善の余地のある腕の筋肉は、まだ阿部の方に有利であったようで、暫く粘ると勝てた。
そして、阿部の悩みの原因を作った浜田は、意外と長い指を器用にくねらせ、阿部の攻撃をかわしていたが、田島と水谷の声援に気を良くした浜田が、調子に乗って手元から視線を逸らした隙を突いて、今までの恨みを込めた押さえ込みを食らわせて勝利した。

「ってぇ〜。阿部って容赦ねぇのな」
メモを手渡しながら、押さえ込まれた右手の親指の根元に息を吹きかけた浜田は、恨めしそうに呟いた。
内心、「誰の所為だと……」と呟きながらも、阿部はやっと大半が揃ったメモを、近くの机の上に広げて見た。
「どれどれ?……べ、ち、ん、ぶ、あ、の、き、つぅ?何だこれぇ?」
阿部の手元を覗き込んだ田島が声を上げると、浜田は呆れたように溜息を吐いた。
「泉の奴ぅ、そのまんまじゃねえか。変えた方が良いっつったのに……」
「アナグラムかよ……ちっくしょー」

阿部が苛々と呟くと、携帯が着信を知らせて鳴り始め、ズボンのポケットから震えるそれを取り出すと、掛けてきた相手に向かって、阿部は通話ボタンを押すや否や怒鳴りつけた。
「泉っ!!テメェ今どこだ!」
『……るっせぇな、叫ぶなよ。ところでメモは揃ったか?』
少し間を置いて返事を返してきた泉は、いつもの調子で問い掛けてきた。
「後はお前だけだ。どこにいんのか知らねぇけど、覚悟しとけよ……」
携帯に向かって凄んだ阿部に、周りで見ていた水谷、田島、浜田は三人で肩を寄せ合って怯えたが、電話の相手は涼しげに笑った。

『ま、俺を見つけられたらな。それより、そこまで揃ってんなら、ヒントを出してやらなきゃな。ヒントは鳥。鶏だ。んじゃぁな』
「はぁっ?てめっっこら!」
通話を切られ、ぶつける所を見つけられない怒りを、携帯にぶつけようとして何とか堪えた阿部は、メモに向き直ると、ランダムに並べたそれをじっと凝視した。

「鳥、鶏……」
「鳥がどうかしたのか?」
「あぁ。多分ヒントだ」
携帯を切った阿部が、口の中で唱えたヒントを聞き咎めた田島の問い掛けに、答えた浜田の胸倉を、目にも止まらないような速さで伸びた阿部の腕が捉えた。
「えっ、な、何これ……?」
「浜田……お前、これ知ってんな?」

これを見ていた水谷は、後で「大魔王が現れた」と表現したが、まさにその通りとしか、その場に居た誰もが言い表せなかった。
「しゃ、喋る喋る!三橋の居場所は俺ら誰も知らねぇけど、ダミーに放り込んだのは……阿部のチキン」

「チキンってケンタの?」
「バッ、違う違う。臆病者とか、弱虫っていう意味の方。多分……」
阿部が浜田の胸倉を掴んだまま氷ついているのに目もくれず、疑問を素直に口にした田島に答えた水谷は、メモの中から浜田が呟いた言葉の分のメモを除け、残った二枚に首を傾げた。

「ぶ、つ?」

その二文字を聞いた途端、阿部は浜田を解放すると、踵を返して走り出した。
背後で田島が何かを叫んだ気がしたが、そんな事には構っていられなかった。



所々ですれ違う教師に「廊下を走るな!」と叫ばれながら、通い慣れた道を走り続けていると、目的の建物の側に、三人の人影が見えて、阿部はそこにいるのであろう、目的の人物の名前を叫んだ。

「三橋!」
「三橋、ゴッ!」

阿部の声に、良く通る泉の掛け声が重なって、ふわふわした髪を揺らした人影は、一瞬躊躇った後、阿部に背を向けて走り出した。

「ってめぇっ!逃げんな!」
「怪我させんなよ〜」
部室の前、三橋の側にいた二人、泉と花井の前を無視して通り過ぎた時、花井がそう声を掛けたが、阿部の耳には届かなかった。

かなりの距離を全力疾走している頭は、酸欠になって、徐々に思考力を失って行く。
時々三橋の姿を見失うと、肺の悲鳴がもたらす物とは違う苦しさが襲ってきて、自分がこれ程までに三橋に飢えていたのかと驚いた。
あの日の三橋を見てから四日間、試験勉強に打ち込む事で考えないようにしてきたが、この焦燥は予想外に強く、自分の身を、心を焦がしていた。

あっちへこっちへと、学校中を走り回る勢いで逃げ続けた三橋だったが、やがて、グラウンドに辿り着いた時、三橋は真直ぐにベンチに向かい、そこに置いてあった何かを手にすると、阿部が来るのを待ち受けた。
相手に逃げるつもりが無いのは、ひと目見て分かっていたが、阿部は足を止めず、そのままの勢いで、三橋の細い体に縋りついた。

耳元で、「うおっ」と声を上げた三橋の肩も、部室からここまで走った所為なのか、大きく上下していて、それに合わせて自分の呼吸も整えていくと、何ともいえない充足感が体を満たしていった。
「あ、あの、阿部、君……」
ひどく懐かしいように思う三橋の声に、ゆるゆると顔を上げると、顔を真っ赤にした三橋が、涙目になりながら阿部を見下ろしていた。

「よう……怪我とか、痛ぇとこは無いか?」
久しぶりに会った大事なピッチャーは、阿部の問いかけに何度も頷いて応えた。
「俺、俺はだい、じょうぶ……阿部君、は?」
優しい声で反対に問われ、阿部は僅かに滲んだ涙を見られまいと、勢い抱きしめる形となった三橋の肩に顔を埋め、首筋から立ち上る汗や、三橋の体臭に酔いしれた。

「俺は、もう駄目」
「ええぇぇぇぇえっ?!」
「三橋に会えなくて、死にそうだった」

悲鳴のような声を上げて体を固くした三橋は、続けられた阿部の言葉に、息を呑んだ。
「三橋……一つ教えてくれよ」
「ぅえ?な、何、阿部君……」
呼吸は漸く落ち着いたが、二人はまた別の意味で鼓動が早くなり、顔を上気させながら体を離し、互いの顔を見つめた。
「お前、俺の事、ちょっとは好き?」

自分でもらしからぬ科白だと思いながら、阿部は三橋の答えを待った。
話すのが苦手だという事は充分理解しているので、待つ事は苦にならなかった。
だが三橋は、一呼吸ほどの間に、頷きながら「うん」と答えた。

鼓動が一つ跳ねる。

「俺は、阿部君の事、好き、だよ?」

もう一つ。

「どんな俺でも?」
他人に嫉妬して、自分で墓穴を掘っていた事にも気がつかなかったけれど。

「?阿部君は、どんな阿部君でも、格好良い、よ?俺、阿部君の事、大、好き、だ」
こんな俺でも受け入れてくれる。

「どれくらい?」
「うえっ?ど、どれくらい……?」
「俺は三橋の事、凄ぇ好きだ。さっきも言ったみたいに、会えなかったら死にそうなくらい好きだ」

阿部の言葉に、三橋の顔がトマトのようになった。
「うえぇっ?」
「で?三橋はどんくらい?」
つい先程まで放っていた剣呑な空気は綺麗に消え去り、阿部は三橋の額に、自分の額を押し当てた。
「言えよ」
脅迫じみた単語だが、優しく囁かれた三橋は、視線をあちこちにさ迷わせながら、必死に言葉を紡いだ。
「おっ、俺、は、阿部君の事が好きで……お、俺、は、阿部君の、全部、が欲しい、位、好き!」
最後の言葉を、阿部の目を見て言った三橋は、その瞬間、痛いほどの力で阿部に抱きすくめられた。

「う、あっ?!」
「全部、お前んだ。三橋」
阿部がそう囁いた瞬間、腕の中の三橋の体が微かに緊張した。

「俺の全部、お前にくれてやる。キャッチャーとしてだけじゃなく、俺は、お前の事が好きだ。だから、お前も全部、俺にくれねぇか?」
そう言って返事を待った阿部は、三橋の体が小刻みに震え始めているのに気付いて、体を離した。見ると案の定、大きな目からぽろぽろと、大粒の涙が零れている。
「三橋……」
もしかしたら、拒絶の言葉が紡がれるのではという思いが脳裏を掠めて、阿部は三橋の背中に回した手を離そうとした。

その瞬間、三橋の手が阿部のシャツの胸を掴み、その手にしていた荷物が、がさりと音を立てて足元に落ちた。それに気を取られた阿部が、僅かに顔を俯かせた瞬間、三橋の顔が阿部に迫り、胸元を掴んでいた手が優しく首に回され、抱きしめられた。

「みは……」
「オ、俺、阿部君に、嫌われたと思、思って、た……もう、わかん、なく、なるくらい、阿、部君が好きだ……!」
「三橋……」
「あ、阿部君が忙しいの、わかっ、分かってる、けど、テストの間、ずっと、会えなくて……今日、阿部君の誕生日、に、何をプレゼントして、良いか、分、かんなくて、ハマちゃんに、相談、して……」
しゃくりあげながら、訥々と言葉を続ける三橋に、阿部は全身が熱くなり、自分が見かけたあの嫌なシーンが、突然意味合いを変える。

「じゃあ、テスト前に、浜田に泣き付いてたのは……」
阿部の独り言に、三橋は肩に顔を埋めたまま頷く。
「ハマちゃん、に、教えて貰って、手、手作り、とか出来ない、かなって……でも、俺、不器用、だから……」
喋りながら、手にしていた物を落とした事に気付いたのだろう、三橋は勢い込んで体を離すと、きょろきょろと辺りを見回し、足元に落ちていた紙袋を見つけて、安心したのか、泣き顔のまま奇妙な笑顔を浮かべ、それを拾い上げた。
「こ、れ!プレゼント!」

そう言って差し出されたのは、百均でラッピング用に売っているような、ギンガムチェックの紙袋で、阿部はそれを見た途端、涙が溢れそうになり、慌ててもう一度三橋の体を抱きしめた。
「サンキュー三橋……すっげぇ嬉しい」
「な、中見て、無い、よ?」
「どんな中身でも、三橋が俺にプレゼントくれた事自体が嬉しいっての」
そう言って、溢れそうになった涙をなんとか我慢した阿部は、やおら体を離すと、三橋の唇に、自分のそれをゆっくりと重ねた。

触れるだけのものだったが、三橋は目を見開き、先程まで流していた涙をぴたりと止めた。
「阿、部君……」
「俺の言う好きって、こういう意味の方だって事、忘れんなよ」
何が起こったのか理解できていなさそうな三橋に、阿部は念を押した。
「こ、ここ、こう、いう?」
再び顔を赤くした三橋が、小首を傾げて問い掛けると、阿部はいつもの、何か含みがありそうな笑みを浮かべた。
「恋人としての好きって事」
「こっ、い!」
そう叫んだ三橋は、次の瞬間全身から力が抜けてその場にくずおれ、阿部は慌てて背中に回した手で支えた。

『はーいそこまでー』

心配した阿部が三橋に声を掛けるより早く、聞き慣れた声が唱和して待ったを掛けた。

「あぁー。鳥肌立っちまった」
「俺も。まぁでも、上手くいったんじゃねぇの?一件落着だよな」
泉と花井が、隠れていたらしいベンチの向こう側の壁から姿を現し、呆気に取られた阿部は、三橋の背中から手を離した。

「おまっっ……!」
「居ねぇ訳無ぇだろ?俺等が仕掛けたのに、その結果を知らずにはいられねぇっての」
「阿部には悪いけど、時間も無いからな。今日はここまでだ。どうだ?俺等からの誕生日プレゼントは?」
いつもの少し不機嫌そうな顔の泉と、事を成し遂げた清々しさを、満面に浮かべた花井とが言った言葉に、阿部は目を丸くした。
「誕生日プレゼントォ?」
「そっ。題して『三橋から阿部に告白させてあげよう作戦』。もしくは『阿部に一番のプレゼントをやろう作戦』。いやぁ田島に演技させるのが大変だったぜ」

言ってにやりと笑った泉に、花井が咎めるような視線を向ける。
「もうやらせんな。あの後泣きつかれて大変だったんだぞ」
「阿部が浜田と三橋見て、青い顔したまんま戻ってくの見て計画を立てたのは良いけど、こうもうまく運ぶとはなぁ……俺って頭良いよなぁ?」
花井の苦言も意に介さず、笑顔のままの泉は、まだ呆けている三橋の頭をくしゃくしゃと弄くった。

「ま、兎に角お前ら急いで着替えて来いよ。もう一時間経っちまうから、そろそろモモ監来るぞ?」
呆気に取られたままだった阿部も、花井にそう言われてやっと意識を取り戻したのか、ぎこちなく頷くと、三橋の左腕を掴んで立ち上がらせた。

「ほら、三橋……」
「あ、う……ん」

グラウンドから部室に向けて、二人共ふわふわとした世界でも歩いているような足取りで進み始めたが、阿部は泉と花井が姿を隠していた場所を見て、再び一気に頭に血を上らせた。

「田島っ!栄口まで……!」
「おあいこじゃん!あーでも教室からここまで、全力疾走疲れたぁ!」
「ごめん、実は俺も最初っから加担してたんだよねぇ」
笑顔で悪びれもせずに言い放った二人に、阿部は怒る事も忘れて三橋と共に逃げ出していた。



エピローグ



「あーあ、何だかウチのチーム、同性カップルだらけだね」
走り去って行く阿部と三橋の背中を見送りながら、栄口がいつもの穏やかな声で呟いた。
「しゃーねーよ。俺も阿部も、最っ高に良い奴に出会っちまったんだ。カミサマのイタズラで、男同士だっただけだと思うぜ?」
壁に練習着を着た背中を預け、座り込んだその場から動かずに冬の曇り空を見上げた田島は、こちらに背を向けた栄口に向かって呟いた。
部室のある方向から、喧嘩した阿部と三橋の仲直りに協力したとしか知らない沖、巣山、西広が、のんびりとした足取りでやってくるのが見えたのか、背後の壁の向こうにいる花井が、三人に呼び掛けながら、事の成功を告げていた。
「ホント、神様も、イタズラ好きだよね」
小さく笑いながら呟かれた栄口の言葉に、田島は被っていた帽子を、彼の頭の上に乗せた。
「疲れて寝てるって、言っとく」

田島の言葉に、栄口は帽子に伸ばした手を止めた。だが、すぐに肩を震わせて忍び笑いのような声を漏らした。

「うん。あの二人に付き合ってると、こっちの身が保たないんだよね……」
田島の帽子を引き下ろし、顔を隠した栄口の頭を、田島は軽く叩いただけで、それ以上何も言わずに、隠れていた場所からグラウンドに入って行った。






阿部誕に間に合わせたくて頑張った。
こんなに長くなるとは思っていなくて、かなり悩んだ。だって最初の3行が書きたかったんだもん!見切り発車はいつもの事とはいえ、どうやって阿部君の誕生日に間に合わせるかとか、この時期の学生はテスト中だとかいうスケジュールにも悩まされた。
結果は御覧の通り。(爆)


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