We play

ミーティングと日誌書きが終わり、宿舎の部屋で布団を敷いていた西広が声を上げた時、全員が手を止めて彼を振り返った。
「どうした、西広」
「あ、ゴメン、何でもないよ」
彼のトレードマークになりつつある穏やかな笑顔で誤魔化そうとする西広に、声を掛けた花井を始めとする残りのメンバー全員が訝しげな視線を向けた。

「何だよ西広、何か気になる!」
「別に変なことじゃないんだろ?言えよ」
田島の尻馬に乗るように巣山にも促されて、西広は眉を困らせた。
「大した事じゃないんだけど、今夜確かみずがめ座流星群が一番見やすい日なんだよね……」
携帯のメインディスプレイに流れたニュースを見て思い出したらしい彼の言葉に、田島が感嘆の声を上げた。

「流星群?スッゲーじゃんそれ!流れ星一杯なんだろ?」
「そりゃ流星群だからそうだろ。でも、ここでも見れるのかよ」
田島をなだめつつ、西広に問い掛けた泉に西広は頷いた。
「南南東の空に見えるらしいよ」
「じゃあ見に行こうぜ!」
西浦のお祭り男である田島の声に、もちろん主将の花井は異を唱えたが、滅多に見られないものを見られるかもしれないという誘惑と、流れ星という言葉に惑わされた残りのメンバーに押し切られ、結局全員で宿舎を抜け出し、グラウンドに居並ぶ事になった。

「結構星、見えるもんだねぇ」
「やっぱこんな時間だし、あちこちの明かりが落ちてるからじゃないの?」
水谷に応じた栄口に、練習で疲れきった体を鞭打って空を見上げるナインは無言で頷いた。
普段は決して見る事のない時間の夜空には、きらきらちかちかと星が瞬き、昔覚えさせられた星座を思わず探してしまいたくなる。

「なぁ三橋、お前星座とか覚えてっか?」
「う、おっ!」
怪我をした足を慮って、近くにあった踏み台昇降に使うケースに腰を下ろした阿部の問い掛けに、側で立っていた三橋はびくりと反応して阿部を振り返った。
「お、おぼ、覚えて、ない……デス……」
「だよなぁ」
同意を表したらしい、にやりとしか表現できない阿部の笑顔に、三橋は安心したように息を吐いた。

「で、でも、流れ星………楽しみ…」
「おお。しっかり見て、しっかり祈っとけ。滅多にねぇからな、流れ星大量発生なんて」
お前どんくせぇから、とからかう口調の阿部に、三橋は少し打ち解けて話せたようで嬉しかった。
「なぁなぁ!皆なにオネガイすんだ?」
「新人戦優勝、とか?」
「おお!沖先輩、大きく出ました!」
宿舎を抜け出している事を見咎められないよう、グラウンドの端で声を落として喋りながらも楽しそうなやり取りに、三橋は自然に笑顔が湧き上がり、頬を上気させた。

三星に居た時にはありえない光景だ。
自分が集団の中に受け入れられ、共に在っても否定の視線を向けられない、むしろ招かれるなど、あのころには想像も出来なかった。
今この瞬間を得られただけでも、三星ではなく、西浦を選んでよかったと心の底から思える。

「オレ……」
「あ?」
三橋はシャツの胸元をかきむしるように握りながら、勇気を振り絞った。
自分の呟きは和気藹々と喋っていたメンバーには届かなかったようだが、聞きとがめた阿部の声に反応した残りのメンバーは口を閉ざしてエースを見つめた。
ここで下手に声を掛けると、三橋が口を閉ざしてしまう事を知っている田島が口をつぐむことで、全員が沈黙の内に三橋を見守った。

「オレ、阿部君、が、早く治るように、お願い、する。それから、新人戦、優勝……」
そこまで呟いて、自分に全員の視線が集中している事に気付いた三橋は、怯えた小動物よろしく体を小さくしてその場を逃げ出そうとしたが、すかさず三橋の側に走り寄った田島がその肩をしっかりと組む事で、逃亡を阻止した。
「そーだな!阿部の足が治ってくんねぇと、俺も遠慮なくプレイできねぇもんな!」
どこからその元気が沸いてくるのか、深夜になっても昼間と変わらない調子の田島に、栄口が微笑みながら頷いた。

「うん、そうだよね。やっぱ俺達西浦野球部は、十人揃ってないと様にならないよね」
「阿部、早く治せよ足。でないと花井にキャッチャー取られっぞ?」
「何言ってんだ巣山!おれぁまだ始めたばっかなんだぞ!?そんなトコまでいけねぇよ!」
「田島ぁ。花井が弱気になってんぞ?」
「ん?頭握るか?ヨワキハダメって!」
面白がる泉に田島が笑い、花井の頭を握ろうと追いかけ始めた矢先、空を見上げていた西広と沖が揃って声を上げた。

「今流れたよ」
「わぁ……次々来るもんなんだね……」
二人の視線を追って、残りのメンバーが空を見上げた途端、不規則な間隔を置いて次々と空に白い軌跡を描くそれに、全員が言葉を失った。
徐々に数を増し始めた流れ星に殆どのメンバーが見惚れていたその時、時ならぬかしわでを打つ音が響いて、西浦ナインは音の発生源、頼れる四番、田島を見遣った。

「阿部の怪我が、早く治りますよーに!」

見ていた全員が内心神社じゃないんだからと突っ込みはしたものの、阿部と、既に見上げていた田島以外の全員が空を振り仰ぐと、田島を真似て手を打った。
『阿部の怪我が、早く治りますように!』
一人ひとりは小さな声だったが、揃った事で大きくなった願掛けに、三橋の横で阿部はがっくりと顔を伏せた。
照れた様子の彼を、三橋を除いた面々は皆意地の悪い笑みを浮かべて見つめた。

ただ一人、一番近くで耳を真っ赤にした阿部を見つめていた三橋だけは、阿部が怒っては居ない事、喜んでくれた事に、とても温かな気持ちが湧き上がってくるのを感じた。




(2009.5.30)
一年ほど前にmemoにUPしていたSS。SNSの御題参加作品でした(^^)
上げるものが無くて苦肉の策デス……orz
それにしても、合宿も始まってもう一年デスか……