ホワイトラプソディ 「んじゃ、はじめっぞー」 いつも部活仲間で集まって勉強をする時と同じ花井の掛け声を聞きながらも、泉と栄口は、自分達の姿にげんなりしていた。 場所は三橋家台所、時は学年末試験も終り、卒業式を終えたばかりのとある昼下がり。 グラウンドも体育館も、全てが卒業生の為に解放される為、今日の部活は完全休養日となっていた。 先輩が居ればこんなにゆっくりとは出来ないが、そこは創部一年目の部活である気楽さで、見送らなくてはならない人もなく、のんびりとした空気が流れている。 そんな日を利用して、四人で集まって何をしているのかといえば、来る日に向かって、妹達に渡す分も作るという花井先生によるお菓子作り教室だった。 「ねぇ花井……こんなのつけなくても良いんじゃないの?」 「卵塗って、砂糖振り掛けるだけなんだろ?」 不満そうに言い募り、身にまとったエプロンを抓んだ二人に、花井はしょうがないだろうと言って笑った。 「卵が飛んで、服を汚しても良いなら外せよ」 「んなドジじゃねぇっての」 「俺達はな」 泉の抗議の言葉に低く花井が答え、はっとした泉は、場所を提供してくれたクラスメイトを見遣った。 「お、れ……」 「うん、気にしなくて良いよ。ゆっくりやれば、三橋にもできるから」 三橋の肩を宥めるように叩いた栄口の言葉と仏のような微笑に、自分たちのエースはやる気を取り戻し、泉と花井は微妙な笑みを浮かべた。 「三橋、解凍終わったパイシートは?」 「こ、ここにある、よ」 ほぼ毎日見られるような光景に気を取り直した花井の言葉に、三橋は冷蔵庫の中から指示された物を慌てて取り出した。 「っし。ほら、泉、栄口、やるぞ!」 「はーい」 「へいへい。あ、ところで三橋、お前今日、浜田に何聞かれてたんだ?」 花井に指示され、必要な道具を出そうと台所を走り回っていた三橋は、ボールを持ったまま、その場で固まって泉の言葉を咀嚼した。 「ん、と。欲しい物、聞かれた」 「欲しい物ぉ?」 三橋からボールを受け取り、用意した卵を器用に卵白と卵黄に分けつつ花井が声を上げると、栄口も同意する声をあげ、花井と泉は困惑した表情を浮かべた。 「お前らも、か?」 「へ?花井も欲しい物聞かれたの?浜田さんに?」 「ちっげーよ。花井は水谷で、俺は田島に聞かれたんだ」 二人の反応と言葉に、栄口は阿部に尋ねられた、と答えた。 「部活の最中にさ、何か探りを入れられた感じなんだよね。バッティンググローブはどこのメーカーのだ?とか、オイル切れてないか、とか」 栄口が、花井から受け取ったボールに入った卵黄を混ぜながら、思い出すように呟くと、泉はまな板の上にパイシートを広げ始めた。 「俺と花井は直球で、何か欲しい物は無いか?ってテスト終わった辺りくらいに聞かれた」 「おう。んで、俺が全員の赤点回避っつって答えたら、物で言えって逆切れされた」 袋を開けたとき、指先についたグラニュー糖を舐めた花井が最後にそう言うと、事態が飲み込めていない三橋以外の三人は顔を見合わせると、誰からともなく肩を小刻みに震わせて笑い始めた。 「ぜってーあいつら、なんか企んでっぞ?」 花井が目尻に涙を浮かべながら、笑いを噛み殺す。 「ここは黙って乗ってあげるべき?」 栄口も、堪えきれずに浮かんだ涙を指で拭いながら、泉に尋ねた。 「向こうの出方次第だな。変な事企んでるようだったら、問答無用でぶっ飛ばす」 笑いながら、右の二の腕に左手を添え、拳を振り上げて見せた泉に、三橋はきょどきょどと他の三人の顔を見渡した。 「あ、の……何か、あった?」 一人取り残されている事が不安になったのか、眉を思い切り垂れさせた三橋が俯きながら尋ねると、泉がきかん気一杯の笑顔で笑った。 「後で教えてやっから。今はこれ、作っちまおうぜ、三橋!」 明るい泉の声の調子に、三橋は納得しきれていない様子ではあったが、探し出してきたピザカッターを手に、三人の輪の中に加わった。 「まさに惨憺たる結果だな……」 それぞれが担当を決めて、相手の欲しい物を聞き出してくるミッションの結果を聞いた阿部の言葉に、水谷と浜田は体を小さくした。 「だってぇ、花井ってこういう物しか言わないんだもん」 「三橋もさぁ、何回聞いてもこれなんだぜ?」 第二グラウンドの隅、フェンスの陰に集まった三人は、畑の方から迷い込んできたらしい気の早い蝶々を追いかけている田島を放置して、揃って溜息を吐いた。 グラウンドの中では、他の部活の卒業生が名残を惜しみ、それを送り出す後輩が色々としているが、そんな光景に目もくれず、阿部は腕を組んで唸った。 「結局自分で考えた方が早かったか?」 「俺はほしいものは聞けなかったけど、ヒントにはなった」 嬉しそうに水谷が言うと、浜田は再び溜息を吐いた。 「泉に欲しい物聞くのが間違いだったかも……」 眉間に皺を寄せた浜田ががっくりと肩を落とした時、その肩に田島が背後から飛びついた。 「気ぃ落とすなよ浜田!泉は何でも喜ぶぞ?多分!」 「ありがと、田島……でも苦しいから、そろそろ降りて……」 げんなりとしながら呟く浜田の顔色は、段々と悪くなっていった。 「では、後は各人の健闘を祈ります!」 にこやかな水谷がふざけて敬礼をすると、阿部は無言でその場を立ち去り、浜田は離れようとしない田島を引きずったまま、しょんぼりとした背中越しに手を振った。 そして田島だけが背後の水谷を振り返って笑った。 「水谷も頑張れよ!」 「何だよもぉ!皆冷たい!」 一人取り残された水谷は、慌てて浜田と田島の後を追った。 そして某月某日…… 阿部と三橋は?→ 水谷と栄口は?→ 田島と花井は?→ 浜田と泉は?→ |